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摩訶般若波羅蜜経無生品第二十六

七、スブーティ、菩薩摩訶薩の阿耨多羅三藐三菩提の道を説く

舍利弗問須菩提。
云何菩薩摩訶薩為阿耨多羅三藐三菩提道。
須菩提言。
舎利弗が須菩提に質問した。
「菩薩摩訶薩の阿耨多羅三藐三菩提の道とはどういうことでしょうか」
須菩提が言った。
四念處。是菩薩摩訶薩為阿耨多羅三藐三菩提道。
乃至八聖道分空解
門無相解脫門無作解門。
「四つの観行、これは菩薩摩訶薩の阿耨多羅三藐三菩提の道ですし、
さらに八つの正しい道、空という解脱門・姿かたちの〈目標が〉ない解脱門・作為がないという解脱門、
空乃至無法有法空。
一切三昧門一切陀羅尼門。
佛十力四無所畏四無礙智。
十八不共法大慈大悲。
内面の空から存在せず存在する事物の空、
一切の三昧
(サマーディー:瞑想)の門、一切の陀羅尼(ダーラニー:真理を護持する力、呪文に非ず)の門、
仏のもつ十の力、四つの畏れのない心境の形式、四つの妨げられることのない智、
十八の〈仏以外には〉具わらない事物、大慈・大悲、
舍利弗。是名菩薩摩訶薩為阿耨多羅三藐三菩提道。
爾時舍利弗讚須菩提言。
善哉善哉。何等波羅蜜力。

舎利弗、これらを菩薩摩訶薩の阿耨多羅三藐三菩提の道と名付けるのです」

その時舎利弗が須菩提を讚えて言った。
「すばらしい、すばらしい。どんなものが波羅蜜の力なのでしょうか」
須菩提言。
是般若波羅蜜力。所以者何。
般若波羅蜜能生一切諸善法若聲聞法辟支佛法菩薩法佛法。

須菩提が言った。
「これが般若波羅蜜の力なのです。どういうわけでしょうか。

般若波羅蜜は一切の諸々の善き理法、もしくは声聞の理法・辟支仏の理法・菩薩の理法・仏の理法を生ずることができるからです。

舍利弗。般若波羅蜜能受一切諸善法聲聞法辟支佛法菩薩法佛法。
舍利弗。過去諸佛行般若波羅蜜得阿耨多羅三藐三菩提。
舎利弗。般若波羅蜜は一切の諸々の善き理法、もしくは声聞の理法・辟支仏の理法・菩薩の理法・仏の理法を受けることができるからです。
舎利弗。過去の諸々の仏は般若波羅蜜を行じ阿耨多羅三藐三菩提を得ました。
未來諸佛亦行般若波羅蜜當得阿耨多羅三藐三菩提。
舍利弗。今現在十方諸國土中。諸佛亦行是般若波羅蜜得阿耨多羅三藐三菩提。
未来の諸々の仏もまた般若波羅蜜を行じ、まさに阿耨多羅三藐三菩提を得るでしょう。
舎利弗。今現在十方の諸々の世界の中の諸々の仏もまたこの般若波羅蜜を行じ阿耨多羅三藐三菩提を得るでしょう。
舍利弗。若菩薩摩訶薩聞般若波羅蜜時不疑不難。當知是菩薩摩訶薩行菩薩道。
行菩薩道者救一切
生故。心不捨一切生。
舎利弗。もしも菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を説くのを聞く時、疑わず難じないとしましょう。まさにこの菩薩摩訶薩は菩薩の道を行じているのだと知るべきです。
菩薩の道を行ずる者は一切の衆生を救うのですから、心は一切の衆生を捨てません。
以無所得故。是菩薩常應不離是念。所謂大悲念。
舍利弗復問。
認知するということがないから、この菩薩は常にまさにこの想い、いわゆる大悲の想いを離れません」
舎利弗がまた問うた。
欲使菩薩摩訶薩常不離是念。所謂大悲念。
若菩薩摩訶薩常不離大悲念。今(令ならん)一切
生皆當作菩薩。

「菩薩摩訶薩が常にこの想い、いわゆる大悲の想いから離れないよう欲します。
もしも菩薩摩訶薩が常に大悲の想いから離れなければ、一切の衆生をして皆まさに菩薩とならしめるでしょう。

何以故。
須菩提。一切
生亦不離諸念故。
須菩提言。
善哉善哉舍利弗。汝欲難我而成我義。
何以故。
どういうわけでしょうか。
須菩提。一切の衆生もまた諸々の想いを離れないからです」
須菩提が言った。
「すばらしい、すばらしい、舎利弗。あなた私を難じて私の意義を成立させようとしています。
生無故念亦無。
生性無故念性亦無。
生法無故念法亦無。
どういうわけでしょうか。
衆生は無なので想いもまた無だからです。
衆生の本性は無なので想いの本性もまた無だからです。
衆生という事物は無なので想いの理法もまた無だからです。
SAT版無『』)生離故念亦離。
生空故念亦空。
生不可知故念亦不可知。

衆生は離れているので想いもまた離れているからです。
衆生は空なので想いもまた空だからです。
衆生は認知できないので想いもまた認知できないからです。

舍利弗。色無故念亦無。
色性無故念性亦無。
色法無故念法亦無。
舎利弗。物質的存在は無なので想いもまた無だからです。
物質的存在の本性は無なので想いの本性もまた無だからです。
物質的存在という事物は無なので想いという事物もまた無だからです。
色離故念亦離。
色空故念亦空。
色不可知故念亦不可知。
受想行識亦如是。
物質的存在は離れているので想いもまた離れているからです。
物質的存在は空なので想いもまた空だからです。
物質的存在は認知できないので想いもまた認知できないからです。
感覚・知覚・意志・意識もまた同様です。
眼乃至意。
色乃至法。
地種乃至識種。
檀那波羅蜜乃至般若波羅蜜。

眼から心、
物質的存在から事物、
地種から識種、
檀那波羅蜜から般若波羅蜜、

空乃至無法有法空。
四念處乃至十八不共法。
一切三昧門一切陀羅尼門。
一切智一切種智乃至阿耨多羅三藐三菩提無故念亦無。

内面の空から存在せず存在する事物の空、
四つの観行から十八の〈仏以外には〉具わらない事物、
一切の三昧門・一切の陀羅尼門、
すべてを概括的に把握する智慧・一切種智から阿耨多羅三藐三菩提、は無なので想いもまた無だからです。

乃至阿耨多羅三藐三菩提不可知故念亦不可知。
舍利弗。菩薩摩訶薩行是道。
我欲使不離是念。所謂大悲念。

さらに阿耨多羅三藐三菩提は認知できないので想いもまた認知できないからです。
舎利弗。私は菩薩摩訶薩をしてがこの道を行じ、
この想い、いわゆる大悲の想いを離れないことを欲します」

爾時佛讚須菩提言。
善哉善哉。是菩薩摩訶薩般若波羅蜜其有
者亦當如是

その時仏が須菩提を讚えて言った。
「すばらしい、すばらしい。これが菩薩摩訶薩の般若波羅蜜である、それを説こうとする者はまた、まさにこのように説くであろう。

汝所般若波羅蜜皆是承佛意故。菩薩摩訶薩學般若波羅蜜應如汝所學。
須菩提
是般若波羅蜜品時。三千大千國土六種震動。

汝の説いた般若波羅蜜はみなこれは仏の心を承けているからである。菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を学ぶのは、まさに汝の説くように学ぶべきである」
須菩提がこの般若波羅蜜品を説いた時、三千大千世界は六種に震動し、

東踊(涌ならん)西沒西踊(涌ならん)東沒。
南踊(涌ならん)北沒北踊(涌ならん)南沒。
中踊(涌ならん)邊沒邊踊(涌ならん)中沒。

東に涌き西に没み西に涌き東に没み。
南に涌き北に没み北に涌き南に没み。
中に涌き辺に没み辺に涌き中に没んだ。

爾時佛微笑。
須菩提白佛。
何因
故笑。
佛告須菩提。

その時、仏は微笑した。
須菩提は仏に申し上げた。
「どういうわけで笑われたのでしょうか」
仏は須菩提に説いた。

如我於此國土般若波羅蜜。
東方無量阿僧祇國土中諸佛。
亦為諸菩薩摩訶薩
般若波羅蜜。
南西北方四維上下亦
是般若波羅蜜。

「私がこの世界において般若波羅蜜を説くように、
東方の無量の阿僧祇の世界の中の諸々の仏もまた諸々の菩薩摩訶薩のために般若波羅蜜を説き、
南西北方・四維・上下でもまたこの般若波羅蜜を説くのである」

是般若波羅蜜品時。十二那由他諸天人得無生法忍。
十方諸佛
是般若波羅蜜時。無量阿僧祇生亦發阿耨多羅三藐三菩提心

この般若波羅蜜の章を説く時、十二那由他の諸々の天・人は生じない事物を認知し、
十方の諸々の仏がこの般若波羅蜜を説く時、無量の阿僧祇の衆生もまた阿耨多羅三藐三菩提心を発するであろう」

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著作 アルキメデスの館