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摩訶般若波羅蜜経無生品第二十六

六、菩薩摩訶薩が六波羅蜜を行ずる時に菩薩の道を浄めることを説く

舍利弗問須菩提。
菩薩摩訶薩云何行六波羅蜜時淨菩薩道。
舎利弗が須菩提に質問した。
「菩薩摩訶薩にとって、六波羅蜜を行ずる時、菩薩道を浄めるとはどういうことなのでしょうか」
須菩提言。
有世間檀那波羅蜜。有出世間檀那波羅蜜。
尸羅波羅蜜
提波羅蜜毘梨耶波羅蜜禪那波羅蜜般若波羅蜜。SAT版無『。』)有世間有出世間。
須菩提が言った。
「世間の檀那波羅蜜があり、出世間の檀那波羅蜜があり、
尸羅波羅蜜・
提波羅蜜・毘梨耶波羅蜜・禅那波羅蜜・般若波羅蜜にも世間があり、出世間があります」
舍利弗問須菩提。
云何世間檀那波羅蜜。
云何出世間檀那波羅蜜。
舎利弗が須菩提に質問した。
「世間の檀那波羅蜜とは、どういうことなのでしょうか。
出世間の檀那波羅蜜とは、どういうことなのでしょうか」
須菩提言。
若菩薩摩訶薩作施主。能施沙門婆羅門貧窮乞人。須食與食須飲與飲須衣與衣。臥具床榻房舍香華瓔珞醫藥。種種所須資生之物。
須菩提が言った。
「もしも菩薩摩訶薩が施主となって、沙門・婆羅門・貧窮した物乞いの人に施すとしましょう。食べものを求められたら食べものを与へ、飲みものを求められたら飲みものを与へ、衣服を求められたら衣服を与へ、夜具・寝台・部屋・御供えの香と華・装身具・医薬、種々の求められた生きるに資するもの、
若妻子國土頭目手足支節等。外之物盡以給施。
施時作是念。
我與彼取我不慳貪。
我為施主我能捨一切。
我隨佛教施我行檀那波羅蜜。

もしくは妻子・世界・頭や目・手足・四肢や関節等、身体内外のものをことごとく給施したとしましょう。
施す時このように念じます。
私は与へ彼は受け取り、私は慳貪でない。
私は施主となり、私は一切を捨てさろう。
私は仏の教えに随って施し、私は檀那波羅蜜を行じようと。

作是施已。用得法與一切生共之。迴向阿耨多羅三藐三菩提。念言。是布施因。令生得今世樂。後當令得入涅槃樂。 この施を作し已り、用て法を得て一切の衆生とこれを共にし、阿耨多羅三藐三菩提に迴向し、この布施の因縁は、衆生をして今世の楽を得令め、後に当に涅槃の楽に入るを得令むべしと念じ、となえるとしましょう。
是人布施有三礙。
何等三。
我相他相施相。
著是三相布施。是名世間檀那波羅蜜。
この人の布施には三つのさまたげがあるのです。
三つとは何でしょうか。
我という姿かたち、他という姿かたち、施しという姿かたちです。
この三つの姿かたちに執着しながら布施する。これを世間の檀那波羅蜜と名づけるのです。
何因故名世間。
於世間中不動不出。是名世間檀那波羅蜜。
どういうわけで世間というのでしょうか。
世間の中において動かず、出てこない、これを世間の檀那波羅蜜と名づけるのです。
云何名出世間檀那波羅蜜。
所謂三分清淨。
何等三。
出世間の檀那波羅蜜とはどういうことでしょうか。
いわゆる三分は清浄であるということです。
三とは何なのでしょうか。
菩薩摩訶薩布施時。我不可得不見受者。施物不可得亦不望報。是名菩薩摩訶薩三分清淨檀那波羅蜜。

菩薩摩訶薩が布施する時、私は認知しない、受ける者を見ない、施す物を認知しない、また報いを望みません。これを菩薩摩訶薩の三分清浄の檀那波羅蜜と名づけるのです。

復次舍利弗。菩薩摩訶薩布施時。施與一切生。生亦不可得。以此布施迴向阿耨多羅三藐三菩提。乃至不見微細法相。 また次に舎利弗。菩薩摩訶薩が布施する時、一切の衆生に施与しても、また衆生を認知しない。これをもって布施を阿耨多羅三藐三菩提に迴向しても、さらに微細な事物の姿かたちを見ません。
舍利弗。是名出世間檀那波羅蜜。
何以故。名為出世間。
於世間中能動能出。是故名出世間檀那波羅蜜。

舎利弗。これを出世間の檀那波羅蜜と名づけるのです。
どういうわけで、出世間と名づけるのでしょうか。

世間の中において動くことができ、出ることができます。こういうわけで出世間の檀那波羅蜜というのです。

尸羅波羅蜜有所依是名世間尸羅波羅蜜。無所依是為出世間尸羅波羅蜜。餘如檀那波羅蜜

尸羅波羅蜜に依存するものがあれば、これを世間の尸羅波羅蜜と名づけるのです。依存するものがなければ、これを出世間の尸羅波羅蜜とするのです。あとは檀那波羅蜜で説明したのと同様です。

提波羅蜜毘梨耶波羅蜜禪那波羅蜜般若波羅蜜有所依是名世間(『。』欠字ならん)無所依是名出世間。餘亦如檀那波羅蜜中
如是舍利弗。菩薩摩訶薩行六波羅蜜時淨菩薩道。
提波羅蜜・毘梨耶波羅蜜・禅那波羅蜜・般若波羅蜜に依存するものがあれば、これを世間と名づけるのです。依存するものがなければ、これを出世間と名づけるのです。あとはまた檀那波羅蜜で説明したのと同様です。
このように舎利弗、菩薩摩訶薩は六波羅蜜を行ずる時に菩薩の道を浄めるのです」

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著作 アルキメデスの館