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摩訶般若波羅蜜経無生品第二十六

五、スブーティ、一切の事物には依存するものがない事を説く

爾時舍利弗語須菩提。
須菩提。樂
無生法及無生相。
須菩提語舍利弗。
我樂
無生法亦樂無生相。
その時、舎利弗が須菩提に語った。
「須菩提。生じない事物及び生じないという姿かたちを説きたいと願いますか?」
須菩提が舎利弗に語った。
「私は生じない事物を説きたいと願い、また生じないという姿かたちを説きたいと願うのです。
何以故。
諸無生法無生相及樂
語言。
是一切法皆不合不散無色無形無對一相所謂無相。
どうしてでしょうか。
諸々の生じない事物、生じないという姿かたち及び説きたいと願うという語言、この一切の事物は皆な合することがなく散ることがなく、物質的存在でなく、形がなく、対するものがなく、一つの姿かたちであって、いわゆる姿かたちがないということだからです」
舍利弗語須菩提。
汝樂
不生法亦樂不生相。是樂語言亦不生。
須菩提言。
舎利弗が須菩提に語った。
「あなたは生じない事物を説きたいと願い、また生じないという姿かたちを説きたいと願い、この語言を説きたいと願うこともまた生じないのでしょうか」
須菩提が言った。
如是如是舍利弗。
何以故。
舍利弗。色不生受想行識不生。
「そのとおり、そのとおり、舎利弗。
どうしてでしょうか。
舎利弗、物質的存在は生じず、感覚・知覚・意志・意識も生じず、
眼不生乃至意不生。
地種不生乃至識種不生。
身行不生口(
SAT版無『口』)行不生意行不生。
檀那波羅蜜不生。乃至一切種智不生。

眼は生じず、さらに心も生じず、
地種は生じず、さらに識種も生じず、
身行は生じず、口行は生じず、意行も生じず、
檀那波羅蜜は生じず、さらに一切種智も生じません。

以是因故。舍利弗。我樂不生法亦樂不生相。
是樂
語言亦不生。
こういうわけで、舎利弗、私は生じない事物を説きたいと願い、また生じないという姿かたちを説きたいと願い、
またこの説きたいと願うという語言も生じないのです」
爾時舍利弗語須菩提。
須菩提於
法人中應最在上。
何以故。須菩提。隨所問皆能答。
須菩提言。
諸法無所依故。
その時、舎利弗が須菩提に語った。
「須菩提は理法を説く人の中においてまさに最も上にいます。
どういうわけで、須菩提、問うたことに対してみな答えられるのでしょうか」
須菩提が言った。
「諸々の事物には依存するものがないからです」
舍利弗語須菩提。
云何諸法無所依。
須菩提言。
舎利弗が須菩提に語った。
「どういうことでしょうか、諸々の事物にには依存するものがないとは」
須菩提が言った。
色性常空。不依內不依外不依兩中間。
受想行識性常空。不依
不依外不依兩中間。
眼耳鼻舌身意性常空。不依
不依外不依兩中間。

「物質的存在の本性は常に空だから、内面に依存せず、外面に依存せず、両方の中間にも依存しません。
感覚・知覚・意志・意識の本性は常に空だから、内面に依存せず、外面に依存せず、両方の中間にも依存しません。

眼・耳・鼻・舌・身体・心の本性は常に空だから、内面に依存せず、外面に依存せず、両方の中間にも依存しません。

色性常空乃至法性常空。不依不依外不依兩中間。
檀那波羅蜜性常空。乃至般若波羅蜜性常空。不依
不依外不依兩中間。
物質的存在の本性は常に空だから、さらに事物の本性は常に空だから、内面に依存せず、外面に依存せず、両方の中間にも依存せずしません。
檀那波羅蜜の本性は常に空だから、さらに般若波羅蜜の本性は常に空だから、内面に依存せず、外面に依存せず、両方の中間にも依存しません。
空性常空。乃至無法有法空性常空。不依不依外不依兩中間。
舍利弗。四念處性常空。乃至一切種智性常空。不依
不依外不依兩中間。

内面の空の本性は常に空だから、さらに無法有法空の本性は常に空だから、内面に依存せず、外面に依存せず、両方の中間にも依存しません。
舎利弗。四つの観行の本性は常に空だから、さらに一切種智の本性は常に空だから、内面に依存せず、外面に依存せず、両方の中間にも依存しません。

以是因故。舍利弗。一切諸法無所依性常空故。
如是舍利弗。菩薩摩訶薩行六波羅蜜時。
應淨色受想行識乃至應淨一切種智。

こういうわけで。舎利弗。一切の諸々の事物には依存するものがないのは、本性は常に空だからです。
このように舎利弗。菩薩摩訶薩が六波羅蜜を行ずる時、
まさに物質的存在・感覚・知覚・意志・意識を浄め、さらにまさに一切種智を浄めるのです」

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著作 アルキメデスの館