<<目次へ  <<戻る  訓読へ  次へ>>

 

摩訶般若波羅蜜経無生品第二十六

一、スブーティ、菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行じて諸法を観ることを説く

爾時慧命舍利弗語須菩提。
菩薩摩訶薩行般若波羅蜜觀諸法。
その時長老の舎利弗(シャーリプトラ)が須菩提(スブーティ)に語った。
「菩薩摩訶薩
(ボーディサットヴァ:覚りを求める衆生+マハーサットヴァ:偉大な衆生)般若波羅蜜を行じて諸々の事物を観るということですが、
何等是菩薩。
何等是般若波羅蜜。
何等是觀。
須菩提語舍利弗。
この菩薩とはどういうことでしょうか、
この般若波羅蜜とはどういうことでしょうか、
この観るとはどういうことでしょうか」
須菩提が舎利弗に語った。
汝所問何等是菩薩。
為阿耨多羅三藐三菩提是人發大心。以是故名為菩薩。
「あなたはこの菩薩とはどういうことかと問いましたが、
阿耨多羅三藐三菩提
(アヌッタラサムャクサンボーディ:最上にして普遍的の覚り)を得るためにこの人は大いなる心を発します、だから菩薩というのです。
亦知一切法一切種相。
是中亦不著。
知色相亦不著。
乃至知十八不共法相亦不著。
また一切の事物・一切の事物の種類の姿かたちを知りながら、
この中にまた執着することはなく、
物質的存在の姿かたちを知りながら、また執着することはなく、
さらに十八の〈仏以外には〉具わらない事物の姿かたちを知りながら、また執着することがないのです」
舍利弗問須菩提。
何等為一切法相。
須菩提言。

舎利弗が須菩提に次のように質問した。
「一切の事物の姿かたちとはどういうことでしょうか」
須菩提が言った。

若以名字因和合等知諸法。
是色是聲香味觸法是
是外。是有為法是無為法。
以是名字相語言知諸法。是名知諸法相。
「たとえば名称、因縁による和合等によって諸々の事物は、これは色、これは音・臭い・味・触・事物、これは内、これは外、これは因縁によってつくられた事物、これは因縁によってつくられたものではない事物と知り、
これが名称の姿かたちであり、語言によって諸々の事物を知る、これを諸々の事物の姿かたちを知るというのです。
如舍利弗所問何等是般若波羅蜜。
遠離故是名般若波羅蜜。
何等法遠離。
では、舎利弗が質問した般若波羅蜜とはどういうことなのでしょうか。
遠く離れるから、これを般若波羅蜜というのです。

事物から遠く離れるとはどういうことでしょうか。
遠離陰界入。
遠離檀那波羅蜜乃至禪那波羅蜜。
遠離
空乃至無法有法空。
以是故遠離名般若波羅蜜。
陰界入(五陰・十二入・十八界の略、人間に関する一切の事物)から遠く離れ、
檀那波羅蜜
(ダーナ:布施、〜の超越)、さらに禅那波羅蜜(ディヤーナ:三昧、〜の超越)から遠く離れ、
内面の空や存在せず存在する事物の空などから遠く離れるのです。
こういうわけで般若波羅蜜を、遠く離れるというのです。
復次遠離四念處。
乃至遠離十八不共法。
遠離一切智。
以是因
故。遠離名般若波羅蜜。
また次に四つの観行から遠く離れ、
さらに十八の〈仏以外には〉具わらない事物から遠く離れ、
すべてを概括的に把握する智慧から遠く離れます。
こういう理由で般若波羅蜜を、遠く離れるというのです。
如舍利弗所問何等是觀。
舍利弗。菩薩摩訶薩行般若波羅蜜時。

では、舎利弗が質問した観るとはどういうことなのでしょうか。
舎利弗。菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行ずる時、

觀色非常非無常。非樂非苦。非我非無我。非空非不空。非相非無相。非作非無作。非寂滅非不寂滅。非離非不離。
受想行識亦如是。
物質的存在は恒常でなく恒常でないのでもなく、楽でなく苦でもなく、我でなく我がないのでもなく、空でなく空でないのでもなく、姿かたちでなく姿かたちがないのでもなく、作られたものでなく作られたものでないのでもなく、寂滅でなく寂滅でないのでもなく、離れているのでなく離れていないのでもないと観ます。
感覚・知覚・意志・意識もまた同様です。
檀那波羅蜜乃至般若波羅蜜。
空乃至無法有法空。
四念處乃至十八不共法。
一切三昧門一切陀羅尼門。乃至一切種智。
檀那波羅蜜、さらに般若波羅蜜、
内面の空、さらに無法有法空、
四つの観行
(身・受・心・法)、さらに十八の〈仏以外には〉具わらない事物、
一切の三昧
(サマーディー:瞑想)門、一切の陀羅尼(ダーラニー:真理を護持する力、呪文に非ず)門から一切種智(一切空なるがゆえに平等・無差別であることを知りながら現象の諸相の種別を見極める智慧)

觀非常非無常非樂非苦。
非我非無我非空非不空。
非相非無相非作非無作。
非寂滅非不寂滅非離非不離。
舍利弗。是名菩薩摩訶薩行般若波羅蜜時觀諸法。

恒常でなく恒常でないのでもなく、楽でなく苦でなく、
我でなく我でないのでもなく、空でなく空でないのでもなく、
姿かたちでなく姿かたちでないのでもなく、作られたものではなく作られたのではないものでもなく、
寂滅でなく寂滅でないのでもなく、離れているのでなく離れていないのでもないと観ます。
舎利弗。これを菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行ずる時に諸々の事物を観るというのです」

<<目次へ  <<戻る  訓読へ  次へ>>

 

 

 

 

 

著作 アルキメデスの館