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摩訶般若波羅蜜経十無品第二十五

九、スブーティ、一切が生じないから名づけるものもないことを説く

如舍利弗所言。何因故。畢竟不生是不名為色。畢竟不生是不名受想行識。 (問七に答える)舍利弗が言ったように、どういう理由で、究極的に生じなければこれが物質的存在であると名づけず、究極的に生じなければこれが感覚・知覚・意志・意識であると名づけないのでしょうか」
須菩提言。
色性空是空無生無滅無住異。
須菩提が言った。
「物質的存在の本性は空であり、この空は生じることも無く滅することも無く留まることも無く異なることもなく、
受想行識性空是空無生無滅無住(『無』欠字ならん)異。 感覚・知覚・意志・意識の本性は空であり、この空は生じることも無く滅することも無く留まることも無く異なることもないのです。
眼乃至一切有為法性空。是空無生無滅無住『無』欠字ならん、異。
眼やさらに一切の作られた事物も空であり、この空は生じることも無く滅することも無く留まることも無く異なることもないのです。
以是因故。舍利弗。畢竟不生不名色。畢竟不生不名受想行識。 こういうわけで、舎利弗、究極的に生じなければこれが物質的存在であると言いません。究極的に生じなければこれが感覚・知覚・意志・意識とは言わないのです。

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著作 アルキメデスの館