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摩訶般若波羅蜜経十無品第二十五

七、スブーティ、菩薩摩訶薩に教えるとは仮の施説であることを説く

如舍利弗言。何因故。菩薩摩訶薩但有假名。 (問五に答える)舍利弗の言うように、どういう理由で、菩薩摩訶薩はただ仮の名称があるのみと説くのでしょうか。
舍利弗。色是假名。
受想行識是假名。
舎利弗。物質的存在はこれが仮の名称、
感覚・知覚・意志・意識はこれが仮の名称、
色名非色。
受想行識名非識。
何以故。
物質的存在という名称は物質的存在ではなく、
感覚・知覚・意志・意識という名称は〈感覚・知覚・意志・〉意識ではないのです。
どうしてでしょうか。
名名相空。若空則非菩薩。
以是因
故。舍利弗。菩薩但有假名。
名称、名称の姿かたちは空であり、もし空であるならば則ち菩薩ではないからです。
こういうわけで、舎利弗、菩薩はただ仮の名称があるだけなのです。
復次舍利弗。檀那波羅蜜但有名字。名字中非有檀那波羅蜜。檀那波羅蜜中非有名字。
以是因
故。菩薩但有假名。
また次に舎利弗。檀那波羅蜜はただ名称があり。名称の中に檀那波羅蜜があるのではなく、檀那波羅蜜の中に名称があるのではないのです。
こういうわけで。菩薩はただ仮の名称があるだけなのです。
尸羅波羅蜜提波羅蜜毘梨耶波羅蜜禪那波羅蜜般若波羅蜜但有名字。名字中無有般若波羅蜜。般若波羅蜜中無有名字。
以是因
故。菩薩但有假名。

尸羅波羅蜜・提波羅蜜・毘梨耶波羅蜜・禅那波羅蜜・般若波羅蜜はただ名称があり、名称の中に般若波羅蜜が有ることはなく、般若波羅蜜の中に名称があるということはないのです。
こういうわけで。菩薩はただ仮の名称があるだけなのです。

舍利弗。空但有名字。乃至無法有法空但有名字。名字中無空。空中無名字。
何以故。
舎利弗。内面の空はただ名称があり、さらに存在せず存在する事物の空もただ名称があり、名称の中に内面の空はなく、内面の空の中には名称はないのです。
どうしてでしょうか。
名字不可得。乃至無法有法空亦如是。
以是因
故。舍利弗。菩薩但有假名。
名称、内面の空は〈実体として〉認知できません、さらに存在せず存在する事物の空もまた同じようだからです。
こういうわけで、舎利弗、菩薩はただ仮の名称があるというのです。
舍利弗。四念處但有名字。乃至十八不共法但有名字。
一切三昧門一切陀羅尼門。
乃至一切種智亦如是。
以是因
故。舍利弗。我菩薩但有假名。
舎利弗。四つの観行はただ名称があり、さらに十八の〈仏以外には〉具わらない事物もただ名称があり、
一切の三昧門・一切の陀羅尼門、
さらに一切種智もまたこのとおりです。
こういうわけで、舎利弗、私は菩薩がただ仮の名称があるだけであると説くのです。

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著作 アルキメデスの館