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摩訶般若波羅蜜経十無品第二十五

四、スブーティ、菩薩摩訶薩は無辺であることを説く

如舍利弗言。色無邊故當知菩薩亦無邊。受想行識無邊故當知菩薩亦無邊。 (問二に答える)舍利弗の言うように、物質的存在は無辺であるから、まさに菩薩もまた無辺であり、感覚・知覚・意志・意識は無辺であるから、まさに菩薩もまた無辺であると知るべきです。
舍利弗。色如空受想行識如虛空。
何以故。
舎利弗。物質的存在は虚空であるように、感覚・知覚・意志・意識も虚空のようです。
どうしてでしょうか。

舍利弗。如空邊不可得中不可得。

舎利弗。虚空の辺は〈実体として〉認知できません、〈虚空の〉の中には〈実体として〉認知できません、
無邊無中故但如是舍利弗。色邊不可得中不可得。 辺が無く、中も無いから、ただ虚空と名づけると説くように、このように舎利弗、物質的存在の辺は〈実体として〉認知できず、中も〈実体として〉認知できません。

是色空故。空中亦無邊亦無中。 受想行識邊不可得中不可得。

この物質的存在は空ですから、空の中ではまた辺も無くまた中も無く、感覚・知覚・意志・意識の辺も〈実体として〉認知できず、中も〈実体として〉認知できないからです。

識空故。空中亦無邊亦無中。 意識は空ですから、空の中ではまた辺も無くまた中もないのです。
以是因故。舍利弗。色無邊故當知菩薩亦無邊。 こういうわけで、舎利弗、物質的存在は辺が無いから、まさに菩薩もまた辺無しと知るべきです。
受想行識無邊故當知菩薩亦無邊。乃至十八不共法亦如是。 感覚・知覚・意志・意識も辺がないから、まさに菩薩もまた辺が無く、さらに十八不共法もまたこのようだと知るべきです。

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著作 アルキメデスの館