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摩訶般若波羅蜜経十無品第二十五

三、スブーティ、菩薩摩訶薩は三世に実体として認知できないことを説く

爾時須菩提報舍利弗言。
生無所有故菩薩前際不可得。
生空故菩薩前際不可得。
生離故菩薩前際不可得。
すると須菩提が舎利弗に返事をした。
(問一に答える)「衆生は有るということがないから菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
衆生は空であるから菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
衆生は離れているから菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
舍利弗。色無有故菩薩前際不可得。
受想行識無有故菩薩前際不可得。
舎利弗。物質的存在は有るということがないから菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
感覚・知覚・意志・意識は有るということがないから菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
色空故菩薩前際不可得。
受想行識空故菩薩前際不可得。
物質的存在は空であるから菩薩は過去を〈実体として〉認知できません、
感覚・知覚・意志・意識は空であるから菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
色離故菩薩前際不可得。
受想行識離故菩薩前際不可得。
物質的存在は離れているから菩薩は過去を〈実体として〉認知できません、
感覚・知覚・意志・意識は離れているから菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
舍利弗。色性無故菩薩前際不可得。
受想行識性無故菩薩前際不可得。

舎利弗。物質的存在は本性がないから菩薩は過去を〈実体として〉認知できません、
感覚・知覚・意志・意識は本性がないから菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。

舍利弗檀那波羅蜜無有故菩薩前際不可得。
尸羅波羅蜜
提波羅蜜毘梨耶波羅蜜禪那波羅蜜般若波羅蜜無有故菩薩前際不可得。
何以故。
舎利弗。檀那波羅蜜(ダーナ:布施++パーラミター:到彼岸、布施の超越)は有るということがないから菩薩は過去を〈実体として〉認知できません、
尸羅波羅蜜
(シーラ:持戒、〜の超越)提波羅蜜(クシャーンティ:忍辱、〜の超越)・毘梨耶波羅蜜(ヴィーリャ:精進、〜の超越)・禅那波羅蜜(ディヤーナ:三昧、〜の超越)・般若波羅蜜は有るということがないから菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
どうしてでしょうか。
舍利弗。空中前際不可得
後際不可得
中際不可得。
空不異菩薩。菩薩不異前際。
舎利弗。空の中では過去は〈実体として〉認知できず、
未来は〈実体として〉認知できず、
現在は〈実体として〉認知できません。
空は菩薩と異ならず、菩薩は過去と異ならないからです。
舍利弗。空菩薩前際。是諸法無二無別。
以是因
故。舍利弗。菩薩前際不可得。
舎利弗。空・菩薩・過去、この諸々の事物は二ではなく別でもないのです。
こういうわけで、舎利弗、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
舍利弗。檀那波羅蜜空故。檀那波羅蜜離故。檀那波羅蜜性無故。菩薩前際不可得。
尸羅波羅蜜
提波羅蜜毘梨耶波羅蜜禪那波羅蜜般若波羅蜜空故。
舎利弗。檀那波羅蜜は空であるから、檀那波羅蜜は離れているから、檀那波羅蜜は本性がないから、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
尸羅波羅蜜・
提波羅蜜・毘梨耶波羅蜜・禅那波羅蜜・般若波羅蜜は空であるから、
般若波羅蜜離故。般若波羅蜜性無故。菩薩前際不可得。
何以故。
般若波羅蜜は離れているから、般若波羅蜜は本性がないから、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
どうしてでしょうか。
舍利弗。空中前際不可得
後際不可得
中際不可得。
空不異菩薩亦不異前際。

舎利弗。空の中では過去は〈実体として〉認知できず、
未来は〈実体として〉認知できず、
現在は〈実体として〉認知できません。
空は菩薩と異ならず、また過去とも異ならないからです。

舍利弗。空菩薩前際無二無別。
以是因
故。舍利弗。菩薩前際不可得。
舎利弗。空・菩薩・過去は二ではなく別でもないのです。
こういうわけで、舎利弗、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
復次舍利弗。空無所有故。菩薩前際不可得。
乃至無法有法空無所有故。菩薩前際不可得。
また次に舎利弗、内面の空は有るということがないから、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません、
さらに存在せず存在する事物の空も有るということがないから、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
空空故空離故空性無故。乃至無法有法空空故離故性無故。菩薩前際不可得。SAT版無『。』)餘如上 内面の空は空であるから、内面の空は離れているから、内面の空は本性がないから、さらに存在せず存在する事物の空も空であるから、離れているから本性がないから、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。ほかのことも以上に説いたことのようです。
復次舍利弗。四念處無所有故。菩薩前際不可得。
四念處空故離故性無故。菩薩前際不可得。
また次に舎利弗。四つの観行は有るということがないから、菩薩の過去を〈実体として〉認知できません。
四つの観行は空であり、離れており、本性がないから、菩薩の過去を〈実体として〉認知できません。
乃至十八不共法無所有故。菩薩前際不可得。
十八不共法空故離故性無故。菩薩前際不可得。餘如上
SAT版無『。』)
以是因
故。舍利弗。菩薩前際不可得。

さらに十八の〈仏以外には〉具わらない事物も有るということがないから、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
十八の〈仏以外には〉具わらない事物は空であり、離れており、本性がないから、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。その他のものも同様です。

こういうわけで、舎利弗、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。

復次舍利弗。一切三昧門。一切陀羅尼門無有故。菩薩前際不可得。
三昧門陀羅尼門。空故離故性無故。菩薩前際不可得。餘如上

また次に舎利弗、一切の三昧(サマーディー:瞑想)門、一切の陀羅尼(ダーラニー:真理を護持する力、呪文ではないのです)門は有るということがないから、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
三昧門、陀羅尼門は空であり、離れており、本性がないから、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。その他のものも同様です。
復次舍利弗。法性無有故。菩薩前際不可得。
法性空故離故性無故。菩薩前際不可得。餘如上
また次に舎利弗。事物の本性は有るということがないから、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません、
事物の本性は空であり、離れており、本性がないから、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。その他のものも同様です。
復次舍利弗。如無有故空故離故性無故。實際無有故空故離故性無故。

また次に舎利弗。〈諸々の事物の〉あるがままの実体は有るということがないから、空であるから、離れているから、本性がないから、
〈諸々の事物の〉究極的な真実は有るということがないから、 離れており、本性がないから空であり、

不可思議性無有故空故離故性無故。菩薩前際不可得。餘如上 思議することができない本性は有るということがないから、空であるから、離れているから、本性がないから、菩薩の過去は〈実体として〉認知できません。その他のものも同様です。
復次舍利弗。聲聞無有故菩薩前際不可得。
聲聞空故離故性無故菩薩前際不可得。
また次に舎利弗。声聞(聞いて理法を悟った小乗の聖者)は有るということがないから、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
声聞は空であり、離れており、本性がないから、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
辟支佛無有故空故離故性無故菩薩前際不可得。

辟支仏は有るということがないから空であり、離れており、本性がないから、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。

佛無有故空故離故性無故菩薩前際不可得。 仏は有るということがないから空であり、離れており、本性がないから、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
阿耨多羅三藐三菩提無有故。乃至性無故菩薩前際不可得。
阿耨多羅三藐三菩提は有るということがないから。さらに性もないから菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
復次一切種智無有故乃至性無故菩薩前際不可得。
何以故。
また次に一切種智(一切空なるがゆえに平等・無差別であることを知りながら現象の諸相の種別を見極める智慧)は有るということがないからさらに性もないから菩薩は過去を〈実体として〉認知できません。
どうしてでしょうか。
舍利弗。空前際不可得後際不可得中際不可得。菩薩不可得。

舎利弗。空の過去は〈実体として〉認知できず、未来は〈実体として〉認知できず、現在は〈実体として〉認知できず、菩薩は〈実体として〉認知できないからです。

舍利弗。空不異菩薩亦不異前際。空菩薩前際。是諸法無二無別。
以是因
故。舍利弗。菩薩前際不可得後際中際亦如是。
舎利弗。空は菩薩に異ならず、また過去に異ならないから、空・菩薩・過去、この諸々の事物は二でなく、別でもないのです。
こういうわけで、舎利弗、菩薩は過去を〈実体として〉認知できません、未来・現在もまた同様です。

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著作 アルキメデスの館