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摩訶般若波羅蜜経十無品第二十五

二、シャーリプトラ、菩薩摩訶薩が認知できないことに関し十の質問をする

舍利弗問須菩提。 舎利弗(シャーリプトラ)が須菩提に質問した。
何因故。言菩薩摩訶薩前際不可得後際不可得中際不可得。 (問一)「どういう理由で、菩薩摩訶薩は過去に〈実体として〉認知できず、未来にも〈実体として〉認知できず、現在にも〈実体として〉認知できないと言ったのでしょうか。
須菩提。何因故。言色無邊故。當知菩薩亦無邊。受想行識無邊故。當知菩薩亦無邊。 (問二)須菩提。どういう理由で、物質的存在は無辺であるから、まさに菩薩もまた無辺であると知るべきであり、感覚・知覚・意志・意識は無辺であるから、まさに菩薩もまた無辺であると知るべきであると言ったのでしょうか。
須菩提。何因故。言色是菩薩是亦不可得。受想行識是菩薩是亦不可得。
(問三)須菩提。どういう理由で、物質的存在は菩薩でありこれもまた〈実体として〉認知できません、感覚・知覚・意志・意識は菩薩でありこれもまた〈実体として〉認知できませんと言ったのでしょうか。
須菩提。何因故。言於一切種一切處菩薩不可得。當教何等菩薩般若波羅蜜。

(問四)須菩提。どういう理由で、一切の分野・一切の場所に於て菩薩は〈実体として〉認知できないのであれば、まさにどの菩薩に般若波羅蜜を教えるべきであると言ったのでしょうか。

須菩提。何因故。言菩薩摩訶薩但有名字。 (問五)須菩提。どういう理由で、菩薩摩訶薩はただ名称があるだけと言ったのでしょうか。
須菩提。何因故。言如我名字我畢竟不生。如我諸法亦如是無自性。何等色畢竟不生。何等受想行識畢竟不生。 (問六)須菩提。どういう理由で、自我の名称を呼んでも自我が究極的に生じることがないように、自我のように諸々の事物もまたこのように自らの本性がなく、どの物質的存在が究極的に生ぜず、どの感覚・知覚・意志・意識か究極的に生じることがないと言ったのでしょうか。
須菩提。何因故。言畢竟不生不名為色。畢竟不生不名為受想行識。 (問七)須菩提。どういう理由で、究極的に生じなければ物質的存在と名づけず、究極的に生じなければ感覚・知覚・意志・意識と名づけないと言ったのでしょうか。
須菩提。何因故。言若畢竟不生法。當教是般若波羅蜜耶。 (問八)須菩提。どういう理由で、もしも究極的に生じることのない事物ならば、まさにこの般若波羅蜜を教えるべきであると言ったのでしょうか。
須菩提。何因故。言離畢竟不生亦無菩薩行阿耨多羅三藐三菩提。

(問九)須菩提。どういう理由で、究極的に生じないということを離れてもまた菩薩は阿耨多羅三藐三菩提を行ずることはないと言ったのでしょうか。

須菩提。何因故。言若菩薩聞作是。心不沒不悔不驚不怖不畏。若能如是行。 是名菩薩摩訶薩行般若波羅蜜。 (問十)須菩提。どういう理由で、もしも菩薩がこのように説明するのを聞いて、心没せず、悔いず、驚かず、おのかず、畏れず、もしもこのように行ずることができれば、 この菩薩摩訶薩は般若波羅蜜を行じていると言ったのでしょうか

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著作 アルキメデスの館