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摩訶般若波羅蜜経巻第七

後秦亀茲国三蔵鳩摩羅什訳

会宗品第二十四

ブッダ、大乗を説くことが般若波羅蜜を説いたことになることを明かす

爾時慧命富樓那彌多羅尼子白佛言。
世尊。佛使須菩提為諸菩薩摩訶薩
般若波羅蜜。今乃摩訶衍為。
その時、長老の富楼那弥多羅尼子(プールナマイトラーヤニープトラ)が仏に申し上げた。
「世尊、仏は須菩提に諸々の菩薩摩訶薩の為に
般若波羅蜜(プラジニャー、智慧+パーラミター、到彼岸、智慧の超越)を説かせようとしました。ところが〈須菩提は〉今、摩訶衍(マハーヤーナ、大乗)を説いたではありませんか」
須菩提白佛言。
世尊。我
摩訶衍。將無離般若波羅蜜耶。

須菩提が仏に申し上げた。
「世尊。私が摩訶衍を説いたことは、まさに般若波羅蜜から離れているのではないのではないでしょうか」

佛言不也。
須菩提。汝
摩訶衍。隨般若波羅蜜不離。
仏が言った、
「そうではない。
須菩提。汝が摩訶衍を説いたことは、般若波羅蜜に随っており離れていない。
何以故。
一切所有善法助道法。若聲聞法若辟支佛法若菩薩法若佛法。
是一切法皆攝入般若波羅蜜中。
どうしてであろうか。
一切のあらゆる善法や助道法、例えば声聞
(聞いて理法を悟った小乗の聖者)の理法、若しくは辟支仏(プラティエーカ・ブッダ、独力で悟りながら他人に説かない小乗の聖者)の理法、若しくは菩薩(ボーディサットヴァ、覚りを求める衆生)の理法、若しくは仏の理法。
この一切の理法はすべて般若波羅蜜の中に摂入するからである」
須菩提白佛言。
世尊。何等諸善法助道法聲聞法辟支佛法菩薩法佛法。皆攝入般若波羅蜜中。
須菩提が仏に申し上げた。
「世尊。諸々の善法・助道法、声聞の理法・辟支仏の理法・菩薩の理法・仏の理法が、みな般若波羅蜜の中に摂入するとはどのようなことでしょうか」
佛告須菩提。
所謂檀那波羅蜜尸羅波羅蜜
提波羅蜜毘梨耶波羅蜜禪那波羅蜜般若波羅蜜。
仏が須菩提に説いた。
「いわゆる檀那
(ダーナ、布施)波羅蜜・尸羅(シーラ、持戒)波羅蜜・(クシャーンティ、忍辱)波羅蜜・毘梨耶波羅蜜(ヴィーリャ、精進)・禅那(ディヤーナ、三昧)波羅蜜・般若波羅蜜、
四念處四正懃四如意足五根五力七覺分八聖道分。
空無相無作解
門。
四つの観行・四つの正しい勤め・四つの神秘的の能力・五つの善根・五つの能力・七つの覚りの要素・八つの正しい道(以上三十七道品)
空という解脱門・姿かたちの〈目標が〉ない解脱門・作為がないという解脱門、
佛十力四無所畏四無智大慈大悲十八不共法。 無錯謬相常捨行。 仏のもつ十の力・四つの畏れのない心境の形式・四つの妨げられることのない智・広大無辺の慈悲・十八の〈仏以外には〉具わらない事物に錯謬はなく、姿かたちは常に捨行である。
須菩提。是諸餘善法助道法。若聲聞法若辟支佛法若菩薩法若佛法。皆攝入般若波羅蜜中。 須菩提。これらの善法や助道法、例えば声聞の理法、若しくは辟支仏の理法、若しくは菩薩の理法、若しくは仏の理法は、みな般若波羅蜜の中に摂入されるのである。
須菩提。若菩薩摩訶薩摩訶衍。若般若波羅蜜禪那波羅蜜毘梨耶波羅蜜提波羅蜜尸羅波羅蜜檀那波羅蜜。 須菩提、例えば菩薩摩訶薩の摩訶衍、若しくは般若波羅蜜・禪那波羅蜜・毘梨耶波羅蜜・提波羅蜜・尸羅波羅蜜・檀那波羅蜜、
若色受想行識。眼色眼識。眼觸眼觸因生諸受。乃至意法意識。意觸意觸因生諸受。 若しくは色・受・想・行・識(五蘊)、眼という物質的存在・眼による知覚・眼と外界との接触・眼と外界との接触により生じる諸々の判断、乃至心という事物・心による認知機能・心と外界との接触・心と外界との接触により生じる諸々の判断、
地種乃至識種。四念處乃至八聖道分。
空無相無作解
門及諸善法。
地の種類乃至〈人間の〉機能の種類、四つの観行乃至八つの正しい道、
空という解脱門・姿かたちの〈目標が〉ない解脱門・作為がないという解脱門及び諸々の善き事物、
若有漏若無漏。若有為若無為。若苦諦集諦滅諦道諦。若欲界若色界若無色界。若空乃至無法有法空。諸三昧門諸陀羅尼門。佛十力乃至十八不共法。 若しくは煩悩が有ること、若しくは煩悩がないこと、若しくは因縁によって生滅変化すること、若しくは生滅変化しないこと、若しくは苦諦・集諦・滅諦・道諦(四諦、四つの真理)、若しくは欲界、若しくは色界、若しくは無色界(三界)、若しくは内面の空乃至存在せず存在する事物の空(十八種空)、諸々の三昧門・諸々の陀羅尼門、仏のもつ十の力乃至十八の〈仏以外には〉具わらない事物、
若佛法佛法性如實際不可思議性涅槃。 若しくは仏の理法・仏の理法の本性、〈諸々の事物の〉あるがままの実体・究極的な真実、思議することができないことの本性、涅槃(ニルヴァーナ、煩悩の炎が吹き消された状態、すべての精神的かつ肉体的な解脱の総合状態、はつねはん)
是一切諸法皆不合不散無色無形無對無。無等一相。所謂無相。 これら一切の諸々の事物はみな合することなく、散じることなく、物質的存在はなく・形もなく・対するものもなく・さまたげるものもなく・等しいものもなく、一つの姿かたちであり、いわゆる姿かたちがないということなのである。
須菩提。以是因故。汝所摩訶衍隨順般若波羅蜜。
何以故。
須菩提。この因縁によって。汝は摩訶衍は般若波羅蜜に随順すると説いたのである。
どうしてであろうか。
須菩提。摩訶衍不異般若波羅蜜。般若波羅蜜不異摩訶衍。般若波羅蜜摩訶衍無二無別。 須菩提。摩訶衍は般若波羅蜜と異なることがなく、般若波羅蜜は摩訶衍と異なることがなく、般若波羅蜜と摩訶衍は二つではなく、別でもないのである。
檀那波羅蜜不異摩訶衍。摩訶衍不異檀那波羅蜜。檀那波羅蜜摩訶衍無二無別。乃至禪那波羅蜜亦如是。 檀那波羅蜜は摩訶衍と異なることがなく、摩訶衍は檀那波羅蜜と異なることがなく、檀那波羅蜜と摩訶衍はは二つではなく、別でもないのである。乃至禅那波羅蜜もまた同じようである。
須菩提。四念處不異摩訶衍。摩訶衍不異四念處。四念處摩訶衍無二無別。 須菩提。四つの観行は摩訶衍と異なることがなく、摩訶衍は四つの観行と異なることがなく、四つの観行と摩訶衍は二つではなく、別でもないのである。
乃至十八不共法不異摩訶衍。摩訶衍不異十八不共法。十八不共法摩訶衍無二無別。 乃至十八の〈仏以外には〉具わらない事物は摩訶衍と異なることがなく、摩訶衍は十八の〈仏以外には〉具わらない事物と異なることがなく。十八の〈仏以外には〉具わらない事物と摩訶衍は二つではなく、別でもないのである。
以是因故。須菩提。汝摩訶衍即是般若波羅蜜

この因縁によって、須菩提、汝が摩訶衍を説いたのは、そのまま般若波羅蜜を説いたことになるのである

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著作 アルキメデスの館