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摩訶般若波羅蜜経等空品第二十三(丹本作含受品)

四、ブッダ、摩訶衍は由来がなく、去ることも留まることもないことを説く

須菩提。汝所言是摩訶衍不見來處不見去處不見住處。如是如是。
須菩提。是摩訶衍不見來處不見去處不見住處。
須菩提、汝の言ったことは、この摩訶衍は来た処を見ず、去る処を見ず、留まる処を見ないとのことである。
そのとおりそのとおり。須菩提、この摩訶衍は来た処を見ず、去る処を見ず、留まる処を見ないのである。
何以故。
須菩提。一切諸法不動相故。是法無來處無去處無住處。
どうしてであろうか。
須菩提、一切の諸々の事物は、動くことがない姿かたちであるから、この事物は来た処が無く、去る処も無く、留まる処もないのである。
何以故。
須菩提。色無所從來亦無所去亦無所住
受想行識無所從來亦無所去亦無所住。
どうしてであろうか。
須菩提、物質的存在は由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
感覚・知覚・意志・意識も由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもないのである。
須菩提。色法無所從來亦無所去亦無所住。
受想行識法無所從來亦無所去亦無所住。
須菩提、物質的存在という事物は由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
感覚・知覚・意志・意識という事物は由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
須菩提。色如無所從來亦無所去亦無所住。
受想行識如無所從來亦無所去亦無所住。
須菩提、物質的存在のあるがままの実体は由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
感覚・知覚・意志・意識のあるがままの実体は由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
須菩提。色性無所從來亦無所去亦無所住。
受想行識性無所從來亦無所去亦無所住。
須菩提、物質的存在の本性は由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
感覚・知覚・意志・意識の本性も由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
須菩提。色相無所從來亦無所去亦無所住。
受想行識相無所從來亦無所去亦無所住。
須菩提、物質的存在の姿かたちは由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
感覚・知覚・意志・意識の姿かたちも由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
須菩提。眼眼法眼如眼性眼相無所從來亦無所去亦無所住。
耳鼻舌身意。意法意如意性意相。無所從來亦無所去亦無所住。
須菩提、眼・眼という事物・眼のあるがままの実体・眼の本性・眼の姿かたちも由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
耳・鼻・舌・身体・心も、心という事物・心のあるがままの実体・心の本性・心の姿かたちも由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
色聲香味觸法亦如是。
須菩提。地種地種法地種如地種性地種相。無所從來亦無所去亦無所住。
水火風空識種。識種法識種如識種性識種相亦如是。
色・音・臭い・味・触・事物もまたそのとおりである。
須菩提、地の種類・地の種類という事物・地の種類のあるがままの実体・地の種類の本性・地の種類の姿かたちは由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
水・火・風・空、識の種類・識の種類という事物・識の種類のあるがままの実体・識の種類の本性・識の種類の姿かたちもまたそのとおりである。
須菩提。如如法如如如性如相。無所從來亦無所去亦無所住。 須菩提、あるがままの実体・あるがままの実体の事物・あるがままの実体のあるがままの実体・あるがままの実体の本性・あるがままの実体の姿かたちは由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
須菩提。實際實際法實際如實際性實際相。無所從來亦無所去亦無所住。 須菩提、究極的な真実・究極的な真実という事物・究極的な真実のあるがままの実体・究極的な真実の本性・究極的な真実の姿かたちは由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
須菩提。不可思議。不可思議法。不可思議如。不可思議性。不可思議相。無所從來亦無所去亦無所住。 須菩提、思議できないこと・思議できないことという事物・思議できないことのあるがままの実体・思議できないことの本性・思議できないことの姿かたちは由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
須菩提。檀那波羅蜜。檀那波羅蜜法。檀那波羅蜜如。檀那波羅蜜性。檀那波羅蜜相。無所從來亦無所去亦無所住。 須菩提、檀那波羅蜜・檀那波羅蜜という事物・檀那波羅蜜のあるがままの実体・檀那波羅蜜の本性・檀那波羅蜜の姿かたちは由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
尸羅波羅蜜提波羅蜜毘梨耶波羅蜜禪那波羅蜜般若波羅蜜。SAT版無『。』)般若波羅蜜法。般若波羅蜜如。般若波羅蜜性。般若波羅蜜相。無所從來亦無所去亦無所住。
尸羅波羅蜜・提波羅蜜・毘梨耶波羅蜜・禅那波羅蜜・般若波羅蜜、般若波羅蜜という事物・般若波羅蜜のあるがままの実体・般若波羅蜜の本性・般若波羅蜜の姿かたちは由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
須菩提。四念處四念處法四念處如四念處性四念處相。無所從來亦無所去亦無所住。
乃至十八不共法亦如是。
須菩提、四つの観行・四つの観行の事物・四つの観行のあるがままの実体・四つの観行の本性・四つの観行の姿かたちは由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
乃至十八の〈仏以外には〉具わらない事物もまたそのとおりである。
須菩提。菩薩菩薩法菩薩如菩薩性菩薩相。無所從來亦無所去亦無所住。 須菩提、菩薩・菩薩という事物・菩薩のあるがままの実体・菩薩の本性・菩薩の姿かたちは由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
佛佛法佛如佛性佛相。無所從來亦無所去亦無所住。 仏・仏という事物・仏のあるがままの実体・仏の本性・仏の姿かたちは由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
阿耨多羅三藐三菩提。阿耨多羅三藐三菩提法如性相。無所從來亦無所去亦無所住。
阿耨多羅三藐三菩提(アヌッタラサムャクサンボーディ、最上にして普遍的の覚り)・阿耨多羅三藐三菩提という事物・あるがままの実体・本性・姿かたちは由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
須菩提。有為法有為法法有為法如有為法性有為法相。無所從來亦無所去亦無所住。 須菩提、〈因縁によって〉生滅変化する事物・生滅変化する事物という事物・生滅変化する事物のあるがままの実体・生滅変化する事物の本性・生滅変化する事物の姿かたちは由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
須菩提。無為法無為法法無為法如無為法性無為法相。無所從來亦無所去亦無所住。 須菩提、生滅変化しない事物・生滅変化しない事物という事物・生滅変化しない事物のあるがままの実体・生滅変化しない事物の本性・生滅変化しない事物の姿かたちは由来するということがなく、また去るということもなく、また留まるということもない。
以是因故。須菩提。是摩訶衍不見來處不見去處不見住處。 この因縁によって、須菩提、この摩訶衍は来た処を見ず、去る処を見ず、留まる処を見ないのである。

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