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摩訶般若波羅蜜経等空品第二十三(丹本作含受品)

三、ブッダ、大乗は虚空のように数え切れない衆生を受け入れることを説く(二)

何以故。
須菩提我乃至一切諸法皆不可得故。
どうしてであろうか。
須菩提、我乃至一切の諸々の事物は皆な認知できないからである。
復次須菩提。我無所有乃至知者見者無所有故。當知檀那波羅蜜無所有。 また次に須菩提、我は有るということがなく、乃至知るということ・見るということは有るということがないから、まさに檀那(ダーナ、布施)波羅蜜(パーラミター、到彼岸、〜の超越)は有るということがないと知るべきである。
尸羅波羅蜜提波羅蜜毘梨耶波羅蜜禪那波羅蜜般若波羅蜜無所有。
般若波羅蜜無所有故。當知
空無所有。
尸羅(シーラ、持戒)波羅蜜・(クシャーンティ、忍辱)波羅蜜・毘梨耶(ヴィーリャ、精進)波羅蜜・禅那(ディヤーナ、三昧)波羅蜜・般若(プラジニャー、智慧)波羅蜜も有るということがない。
般若波羅蜜は有るということがないから、まさに虚空は有るということがないと知るべきである。
空無所有故。當知摩訶衍無所有。 虚空は有るということがないから、まさに摩訶衍は有るということがないと知るべきである。
摩訶衍無所有故。當知無量無邊阿僧祇無所有。
摩訶衍は有るということがないから、まさに無量・無辺・阿僧祇は有るということがないと知るべきである。
無量無邊阿僧祇無所有故。當知一切諸法無所有。
以是因
故。須菩提。是摩訶衍受無量無邊阿僧祇生。
無量・無辺・阿僧祇は有るということがないから、まさに一切の諸々の事物は有るということがないと知るべきである。
この因縁によって、須菩提、この摩訶衍は無量・無辺・阿僧祇の衆生を受け入れるのである。
何以故。
生乃至一切諸法皆不可得故。
どうしてであろうか。
我・衆生乃至一切の諸々の事物は皆な認知できないからである。
復次須菩提。我無所有乃至知者見者無所有故。當知空無所有。乃至無法有法空無所有。 また次に須菩提、我は有るということがなく、乃至知るということ・見るということは有るということがないから、まさに内面の空は有るということがなく、さらに存在せず存在する事物の空は有るということがないと知るべきである。
無法有法空無所有故。當知空無所有。 存在せず存在する事物の空は有るということがないから、まさに虚空は有るということがないと知るべきである。
空無所有故。當知摩訶衍無所有。
虚空は有るということがないから、まさに摩訶衍は有るということがないと知るべきである。
摩訶衍無所有故。當知阿僧祇無量無邊無所有。 摩訶衍は有るということがないから、まさに阿僧祇・無量・無辺は有るということがないと知るべきである。
阿僧祇無量無邊無所有故。當知一切諸法無所有。
以是因
故。須菩提。是摩訶衍受無量無邊阿僧祇生。
阿僧祇・無量・無辺は有るということがないから、まさに一切の諸々の事物は有るということがないと知るべきである。
この因縁によって、須菩提、この摩訶衍は無量・無辺・阿僧祇の衆生を受け入れるのである。
何以故。
生乃至一切諸法皆不可得故。

どうしてであろうか。
我・衆生乃至一切の諸々の事物は皆な認知できないからである。
復次須菩提。我生乃至知者見者無所有故。 また次に須菩提、我・衆生乃至知るということ・見るということは有るということがないから、まさに四つの観行は有るということがないと知るべきである。
當知四念處無所有。四念處無所有故。乃至十八不共法無所有。 四つの観行は有るということがないから十八の〈仏以外には〉具わらない事物は有るということがない。
十八不共法無所有故。
當知
空無所有
十八の〈仏以外には〉具わらない事物は有るということがないから、まさに虚空は有るということがないと知るべきである。
空無所有故。
當知摩訶衍無所有。

虚空は有るということがないから、まさに摩訶衍は有るということがないと知るべきである。
摩訶衍無所有故。當知阿僧祇無量無邊無所有。 摩訶衍は有るということがないから、まさに阿僧祇・無量・無辺は有るということがないと知るべきである。
阿僧祇無量無邊無所有故。當知一切諸法無所有。
以是因
緣故。須菩提。是摩訶衍受無量無邊阿僧祇生。
阿僧祇・無量・無辺は有るということがないから、まさに一切の諸々の事物は有るということがないと知るべきである。
この因縁によって、須菩提、この摩訶衍は無量・無辺・阿僧祇の衆生を受け入れるのである。
何以故。
生乃至一切諸法皆不可得故。
どうしてであろうか。
我・衆生乃至一切の諸々の事物は皆な認知できないからである。
復次須菩提。我生無所有乃至知者見者。
無所有故。當知性地無所有。乃至已作地無所有。
また次に須菩提、我・衆生有るということがないから、知るということ・見るということは有るということがないから、まさに性地は有るということがなく、さらに已作地は有るということがないと知るべきである。
已作地無所有故。當知空無所有。
已作地は有るということがないから、まさに虚空は有るということがないと知るべきである。
空無所有故。當知摩訶衍無所有。
摩訶衍無所有故。當知阿僧祇無量無邊無所有。
虚空は有るということがないから、まさに摩訶衍は有るということがないと知るべきである。
摩訶衍は有るということがないから、まさに阿僧祇・無量・無辺は有るということがないと知るべきである。
阿僧祇無量無邊無所有故。當知一切諸法無所有。
以是因
故。是摩訶衍受無量無邊阿僧祇生。
阿僧祇・無量・無辺は有るということがないから、まさに一切の諸々の事物は有るということがないと知るべきである。
この因縁によって、この摩訶衍は無量・無辺・阿僧祇の衆生を受け入れるのである。
何以故。
生乃至一切諸法皆不可得故。
どうしてであろうか。
我・衆生乃至一切の諸々の事物は皆な認知できないからである。
復次須菩提。我生乃至知者見者無所有故。當知須陀無所有。 また次に須菩提、我・衆生乃至知るということ・見るということは有るということがないから、まさに須陀は有るということがないと知るべきである。
須陀洹無所有故。當知斯陀含無所有。
斯陀含無所有故。當知阿那含無所有。
須陀は有るということがないから、まさに斯陀含は有るということがないと知るべきである。
斯陀含は有るということがないから、まさに阿那含は有るということがないと知るべきである。
阿那含無所有故。當知阿羅漢無所有。
阿羅漢無所有故。當知乃至一切諸法無所有。
以是因
故。須菩提。(是、脱字ならん)摩訶衍受無量無邊阿僧祇生。
阿那含は有るということがないから、まさに阿羅漢は有るということがないと知るべきである。
阿羅漢は有るということがないから、乃至まさに一切の諸々の事物は有るということがないと知るべきである。
この因縁によって、須菩提、この摩訶衍は無量・無辺・阿僧祇の衆生を受け入れるのである。
何以故。
須菩提。我乃至一切諸法皆不可得故。
どうしてであろうか。
須菩提、我乃至一切の諸々の事物は皆な認知できないからである。
復次須菩提。我乃至知者見者無所有故。當知聲聞乘無所有。
聲聞乘無所有故。當知辟支佛乘無所有。
また次に須菩提、我乃至知るということ・見るということは有るということがないから、まさに声聞乗は有るということがないと知るべきである。
声聞乗は有るということがないから、まさに辟支仏乗は有るということがないと知るべきである。
辟支佛乘無所有故。當知佛乘無所有。
佛乘無所有故。當知聲聞人無所有。
辟支仏乗は有るということがないから、まさに仏乗は有るということがないと知るべきである。
仏乗は有るということがないから、まさに知るべきである声聞の人は有るということがない。
聲聞人無所有故。當知須陀無所有。
須陀洹無所有故。乃至佛無所有。
佛無所有故。當知一切種智無所有。
一切種智無所有故。當知
空無所有。
空無所有故。當知摩訶衍無所有。
声聞の人は有るということがないから、まさに須陀は有るということがないと知るべきである。
須陀
は有るということがなく、乃至仏も有るということがない。
仏は有るということがないから、まさに一切種智
(一切空なるがゆえに平等・無差別であることを知りながら現象の諸相の種別を見極める智慧)は有るということがないと知るべきである。
一切種智は有るということがないから、まさに虚空は有るということがないと知るべきである。
虚空は有るということがないから、まさに摩訶衍は有るということがないと知るべきである。
摩訶衍無所有故。當知乃至一切諸法無所有。
以是因
故。是摩訶衍受無量無邊阿僧祇生。
摩訶衍は有るということがないから、まさに乃至一切の諸々の事物は有るということがないと知るべきである。
この因縁によって、この摩訶衍は無量・無辺・阿僧祇の衆生を受け入れるのである。
何以故。
我乃至一切諸法皆不可得故。
須菩提。譬如涅槃性中受無量無邊阿僧祇
生。是摩訶衍亦受無量無邊阿僧祇生。
どうしてであろうか。
我乃至一切の諸々の事物は皆な認知できないからである。
須菩提、譬えば涅槃
(ニルヴァーナ、煩悩の炎が吹き消された状態、すべての精神的かつ肉体的な解脱の総合状態)の本性の中で無量・無辺・阿僧祇の衆生を受け入れるように、この摩訶衍もまた無量・無辺・阿僧祇の衆生を受け入れるのである。
以是因故。須菩提。如空受無量無邊阿僧祇生。是摩訶衍亦如是。受無量無邊阿僧祇生。 この因縁によって、須菩提、虚空は・無量・無辺・阿僧祇の衆生を受け入れるように、この摩訶衍もまたこのように、無量・無辺・阿僧祇の衆生を受け入れるのである。

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著作 アルキメデスの館