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摩訶般若波羅蜜経等空品第二十三(丹本作含受品)

一、ブッダ、摩訶衍と虚空とが等しいことを説く

佛告須菩提。
『汝所言衍與空等。
如是如是。
SAT版無『。』)須菩提。摩訶衍與空等。
仏は須菩提(スブーティ)に次のように説いた。
『汝の言ったことは〈摩訶〉衍
(マハーヤーナ、大乗)と空とは等しいとのことである。
そのとおり、そのとおり。須菩提、摩訶衍と虚空はとは等しいのである。
須菩提。如空無東方。無南方西方北方四維上下。
須菩提。摩訶衍亦如是。無東方。無南方西方北方四維上下。
須菩提、虚空に東方がなく、南方・西方・北方・四維・上下がないように、
須菩提、摩訶衍もまたこのように、東方がなく、南方・西方・北方・四維・上下がない。
須菩提。如空非長非短非方非圓。
須菩提。摩訶衍亦如是。非長非短非方非圓。
須菩提、虚空は長くなく、短くなく、方形でなく、円形でもないように、
須菩提、摩訶衍もまたこのように、長くなく、短くなく、方形でなく、円形でもない。
須菩提。如空非青非非赤非白非K。
摩訶衍亦如是。非青非
非赤非白非K。
以是故。
摩訶衍與空等。
須菩提、虚空は青でなく、黄でなく、赤でなく、白でなく、黒でもないように、
摩訶衍もまたこのように、青でなく、黄でなく、赤でなく、白でなく、黒でもない。
これにより、摩訶衍と空とは等しいと説くのである。
須菩提。如空非過去非未來非現在。
摩訶衍亦如是。非過去非未來非現在。
須菩提、虚空は過去ではなく、未来ではなく、現在でもないように、
摩訶衍もまたこのように、過去ではなく、未来ではなく、現在でもない。
以是故。摩訶衍與空等。
須菩提。如
空不摯s減。
摩訶衍亦如是。亦不摶瀦s減。
これにより、摩訶衍と空とは等しいと説くのである。
須菩提、虚空は増えず、減らないように、
摩訶衍もまたこのように、また増えず、また減らない。
須菩提。如空無垢無淨。
摩訶衍亦如是無垢無淨。
須菩提、虚空は垢つくことがなく、浄まることががないように、
摩訶衍もまたこのように、垢つくことがなく、浄まることががない。
須菩提。如空無生無滅無住無異。
摩訶衍亦如是無生無滅無住無異。
須菩提、虚空は生ずることがなく、滅することもなく、留まることがなく、異なることがないように、
摩訶衍もまたこのように、生ずることがなく、滅することもなく、留まることがなく、異なることがない。
須菩提。如空非善非不善非記非無記。
摩訶衍亦如是。非善非不善非記非無記。
以是故。
摩訶衍與空等。
須菩提、虚空は善ではなく、善でないのでもなく、記されたもではなく、記されないものでもないように、
摩訶衍もまたこのように、善ではなく、善でないのでもなく、記されたもではなく、記されないものでもない。
これにより、摩訶衍と空とは等しいと説くのである。
空無見無聞無覺無識。
摩訶衍亦如是無見無聞無覺無識。
虚空は見ることがなく、聞くことがなく、覚ることがなく、識ることがないように、
摩訶衍もまたこのように、見ることがなく、聞くことがなく、覚ることがなく、識ることがない。
空不可知不可識。不可見不可斷。不可證不可修。
摩訶衍亦如是。不可知不可識。不可見不可斷。不可證不可修。
以是故。
摩訶衍與空等。
虚空は知ることができず、識ることができず、見ることができず、断ずることができず、証すことができず、修すことができないように、
摩訶衍もまたこのように、知ることができず、識ることができず、見ることができず、断ずることができず、証すことができず、修すことができない。
これにより、摩訶衍と空とは等しいと説くのである。
空非染相非離相。
摩訶衍亦如是。非染相非離相。
虚空は穢れの姿かたちではなく、離脱の姿かたちでもないように、
摩訶衍もまたこのように、穢れの姿かたちではなく、離脱の姿かたちでもない。
空不欲界不色界不無色界。
摩訶衍亦如是。不
欲界不色界不無色界。
虚空は欲界に繋がらず、物質的存在の界に繋がらず、無物質的存在の界に繋がらないように、
摩訶衍もまたこのように、欲界に繋がらず、物質的存在界に繋がらず、無物質的存在界に繋がらない。
空無初發心亦無二三四五六七八九第十心。
摩訶衍亦如是。無初發心乃至無第十心。
虚空は初発心がなく、また二・三・四・五・六・七・八・九・第十心がないように、
摩訶衍もまたこのように、初発心がなく乃至第十心がない。
空無乾慧地性人地八人地見地薄地離欲地已作地。
摩訶衍亦如是。無乾慧地乃至已
地。
虚空は乾慧地・性人地・八人地・見地・薄地・離欲地・已作地(以上菩薩の第一地乃至第七地)がないように。
摩訶衍もまたこのように、乾慧地乃至已
(已作地と同じ)がない。
空無須陀果無斯陀含果無阿那含果無阿羅漢果。
摩訶衍亦如是。無須陀
果乃至無阿羅漢果。
虚空は須陀(スロータアーパンナ、小乗仏教修行の第一の階梯)の果がなく、斯陀含(サクリダーガーミー、小乗仏教修行の第二の階梯)の果がなく、阿那含(アナーガーミー、小乗仏教修行の第三の階梯)の果がなく、阿羅漢(アルはン、小乗仏教修行者の最高位)の果がないように、
摩訶衍もまたこのように、須陀
果がなく乃至阿羅漢果がない。
空無聲聞地無辟支佛地無佛地。
摩訶衍亦如是。無聲聞地乃至佛地。
以是故。
摩訶衍與空等。
虚空は声聞(聞いて理法を悟った小乗の聖者)地がなく、辟支仏(プラティエーカ・ブッダ、独力で悟りながら他人に説かない小乗の聖者)地がなく、仏地(以上第八地乃至第十地)がないように、
摩訶衍もまたこのように、声聞地乃至仏地がない。
これにより、摩訶衍と空とは等しいと説くのである。
空非色非無色。非可見非不可見。非有對非無對。非合非散。
摩訶衍亦如是。非色非無色。非可見非不可見。非有對非無對。非合非散。
以是故。
摩訶衍與空等。
虚空は物質的存在ではなく、物質的存在でないのではなく、見ることができず、見ることができないのではなく、対立があるのではなく、対立がないのではなく、合するのではなく、散ずるのでもないように、
摩訶衍もまたこのように、物質的存在でないのではなく、見ることができず、見ることができないのではなく、対立があるのではなく、対立がないのではなく、合するのではなく、散ずるのでもない。
これにより、摩訶衍と空とは等しいと説くのである。
須菩提。如空非常非無常非樂非苦非我非無我。
摩訶衍亦如是。非常非無常非樂非苦非我非無我。
以是故
摩訶衍與空等。
須菩提、虚空は恒常ではなく、無常ではなく、楽ではなく、苦ではなく、我ではなく、無我でもないように、
摩訶衍もまたこのように、恒常ではなく、無常ではなく、楽ではなく、苦ではなく、我ではなく、無我ではない。
これにより、摩訶衍と空とは等しいと説くのである。
須菩提。如空非空非不空非相非無相非作非無作。
摩訶衍亦如是。非空非不空非相非無相非作非無作。
以是故。
摩訶衍與空等。
須菩提、虚空は空ではなく、空でないのではなく、姿かたちではなく、姿かたちがないのではなく、作為あるのではなく、無作為でもないように、
摩訶衍もまたこのように、空ではなく、空でないのではなく、姿かたちではなく、姿かたちがないのではなく、作為あるのではではなく、無作為でもない。
これにより、摩訶衍と空とは等しいと説くのである。
須菩提。如空非寂滅非不寂滅非離非不離。
摩訶衍亦如是。非寂滅非不寂滅非離非不離。
須菩提、虚空は寂滅ではなく、寂滅でないのではなく、離ではなく、離でないのでもないように、
摩訶衍もまたこのように、寂滅ではなく、寂滅でないのではなく、離ではなく、離でないのでもない。
以是故。摩訶衍與空等。
須菩提。如
空非闇非明。
摩訶衍亦如是。非闇非明。
以是故。
摩訶衍與空等。
これにより、摩訶衍と空とは等しいと説くのである。
須菩提、虚空は闇ではなく、光明でもないように、
摩訶衍もまたこのように、闇ではなく、光明ではない。
これにより、摩訶衍と空とは等しいと説くのである。
須菩提如空非可得非不可得。
摩訶衍亦如是。非可得非不可得。
以是故。
摩訶衍與空等。
須菩提、虚空は認知できず、認知できないのでもないように、
摩訶衍もまたこのように、認知できず、認知できないのではない。
これにより、摩訶衍と空とは等しいと説くのである。
須菩提。如空非可非不可
摩訶衍亦如是。非可
非不可
以是故。
摩訶衍與空等。
須菩提、虚空は説くことができず、説くことができないのでもないように。
摩訶衍もまたこのように、説くことができず、説くことができないのでもない。
これにより、摩訶衍と空とは等しいと説くのである。
須菩提。以是諸因故。摩訶衍與空等。

須菩提、これらの諸々の因縁によって、摩訶衍と空とは等しいと説くのである。

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