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摩訶般若波羅蜜経発趣品第二十

九、ブッダ、七地中に住し具足すべき二十法を説く

云何菩薩應具足空。
具足諸法自相空故。

「菩薩がまさに空を具足すべきであるとはどういうことでしょうか」
「諸々の事物の自らの姿かたちは空を具足するからである」

云何菩薩無相證。
不念諸相故。

「菩薩に姿かたちがないということの証とはどういうことでしょうか」
「諸々の姿かたちを想わないからである」

云何菩薩知無作。
於三界中不作故。

「菩薩が作為のないことを知るとはどういうことでしょうか」
「三界の中に於て作為しないからである」

云何菩薩三分清淨。
十善道具足故。

「菩薩が〈身・口・意の〉三分が清浄であるとはどういうことでしょうか」
「十善道を具足するからである」

云何菩薩一切生中慈悲智具足。
得大悲故。

「菩薩が一切の衆生の中に慈悲と智慧を具足するとはどういうことでしょうか」
「大悲を認知するからである」

云何菩薩不念一切生。
淨國土具足故。

「菩薩が一切の衆生を想わないとはどういうことでしょうか」
「国土を浄め具足するからである」

云以(何ならん)菩薩一切法等觀。
於諸法不損益故。

「菩薩が一切の事物を等しく観ずるとはどういうことでしょうか」
「諸々の事物には損益がないからである」

云何菩薩知諸法實相。
諸法實相無知故。
「菩薩が諸々の事物の真実の姿かたちを知るとはどういうことでしょうか」
「諸々の事物の真実の姿かたちを知ることはないからである」
云何菩薩無生忍。
為諸法不生不滅不作忍故。
「菩薩が忍を生ずることがないとはどういうことでしょうか」
「諸々の事物は忍を生ぜず、滅せず、作さないからである」
云何菩薩無生智。
知名色不生故。
「菩薩が智を生ずることがないとはどういうことでしょうか」
「名称も物質的存在も生じないことを知るからである」
云何菩薩諸法一相。
心不行二相故。
「菩薩が諸々の事物が一つの姿かたちであることを説くとはどういうことでしょうか」
「心が二つの姿かたちを行じないからである」
云何菩薩破分別相。
一切法不分別故。
「菩薩が姿かたちを分別することを破すとはどういうことでしょうか」
「一切の事物は分別されないからである」
云何菩薩轉憶想。
小大無量想轉故。
「菩薩が憶想を転ずるとはどういうことでしょうか」
「小・大・無量という想いを転ずるからである」
云何菩薩轉見。
於聲聞辟支佛地見轉故。
「菩薩が見解を転ずるとはどういうことでしょうか」
「聲聞・辟支仏の地位に於て見解を転ずるからである」
云何菩薩轉煩惱。
斷諸煩惱故。
「菩薩が煩惱を転ずるとはどういうことでしょうか」
「諸々の煩悩を断ずるからである」
云何菩薩等定慧地。
所謂得一切種智故。
「菩薩の定・慧が等しい地位とはどういうことでしょうか」
「いわゆる一切種智を認知するからである」
云何菩薩調意。
於三界不動故。
「菩薩が心を調えるとはどういうことでしょうか」
「三界に於て動ずることがないからである」
云何菩薩心寂滅。
制六根故。
「菩薩の心が寂滅するとはどういうことでしょうか」
「六根を制するからである」

云何菩薩無智。
得佛眼故。

「菩薩のさまたげられることのない智慧とはどういうことでしょうか」
「仏眼を認知するからである」

云何菩薩不染愛。
捨六塵故。
「菩薩が愛に染まらないとはどういうことでしょうか」
「六塵を捨てるからである。
是為菩薩住七地中具足二十法。 これが菩薩が第七の地位の中にあって二十の理法を具足するということなのである」

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著作 アルキメデスの館