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摩訶般若波羅蜜経発趣品第二十

八、ブッダ、七地中に住し執着すべからざる二十法を説く

云何菩薩不著我。
畢竟無我故。

「菩薩が自我に執着しないとはどういうことでしょうか」
「究極的に自我というものはないからである」

云何菩薩不著生不著壽命不著數乃至知者見者。
是諸法畢竟不可得故。

「菩薩衆生に執着しない、寿命に執着しない、数で分類されたもの、ないし知ること、見ることに執着しないとはどういうことでしょうか」
「この諸々の事物は究極的に〈実体として〉認知できないからである」

云何菩薩不著斷見。
無有法斷。諸法畢竟不生故。

「菩薩が見解を断ずることに執着しないとはどういうことでしょうか」
「事物を断ずるということがないのである。諸々の事物は究極的に生じないからである」

云何菩薩不著常見。
若法不生是不作常。

「菩薩が常という見解に執着しないとはどういうことでしょうか」
「例えば事物は生じない、これを恒常としないということである」

云何菩薩不應取相。
無諸煩惱故。

「菩薩は、まさに相を取るべきでないとはどういうことでしょうか」
「諸々の煩悩はないからである」

云何菩薩不應作因見。
諸見不可見故。

「菩薩はまさに因という見解を起こすべきではないとはどういうことでしょうか」
「諸々の見解は見ることができないからである」

云何菩薩不著名色。
名色處相無故。

「菩薩が名色に執着しないとはどういうことでしょうか」
「名色というものに姿かたちがないからである」

云何菩薩不著五陰。
不著十八界。不著十二入。是諸法性無故。
「菩薩が五陰に執着しないとはどういうことでしょうか」
「十八界に執着せず、十二入に執着しない。この諸々の事物に本性はないからである」
云何菩薩不著三界。
三界性無故。
「菩薩が三界に執着しないとはどういうことでしょうか」
「三界に本性はないからである」
云何菩薩不應作著心。
云何菩薩不應作願。
云何菩薩不應作依止。
是諸法性無故。
「菩薩はまさに執着する心を起こすべきではないとはどういうことでしょうか。
菩薩はまさに願を起こすべきではないとはどういうことでしょうか。
菩薩まさに依止を起こすべきではないとはどういうことでしょうか」
「この諸々の事物に本性はないからである」
云何菩薩不著依佛見。
作依見不見佛故。
「菩薩が仏の見解に依ることに執着しないとはどういうことでしょうか」
「仏の見解を見ることに依るからである」
云何菩薩不著依法見。
法不可見故。
「菩薩は事物という見解に依ることに執着しないとはどういうことでしょうか」
「事物は見ることができないからである」
云何菩薩不著依僧見。
僧相無為不可依故。
「菩薩は教団の見解に依ることに執着しないとはどういうことでしょうか」
「教団の姿かたちは恒常であり、依るべきではないからである」

云何菩薩不著依戒見。
罪無罪不著故。

「菩薩が戒という見解に依ることに執着しないとはどういうことでしょうか」
「罪・無罪に執着しないからである。

是為菩薩住七地中二十法所不應著。 これが菩薩が第七の地位の中にあって、二十の事物にまさに執着すべきではないということである」

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著作 アルキメデスの館