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摩訶般若波羅蜜経巻第六

後秦亀茲国三蔵鳩摩羅什訳

発趣品第二十

一.ブッダ、スブーティに菩薩摩訶薩の十地を概説する(一)

佛告須菩提。
汝問云何菩薩摩訶薩大乘發趣。若菩薩摩訶薩行六波羅蜜時。從一地至一地。是名菩薩摩訶薩大乘發趣。
仏は須菩提(スブーティ)に次のように説いた。
「汝は菩薩摩訶薩が大乗に趣き発するとはどういうことかと尋ねた。(問乗品第十八参照)例えば菩薩摩訶薩が六つの波羅蜜
(パーラミター、到彼岸)を行じる時、一つの地位から一つの地位に至る。これを菩薩摩訶薩が大乗に趣き発すると呼ぶのである」
須菩提白佛言。
世尊。云何菩薩摩訶薩從一地至一地。
須菩提が仏に申し上げた。
「世尊。菩薩摩訶薩が一つの地位から一つの地位に至るとはどういうことでしょうか」
佛言。
菩薩摩訶薩知一切法無來去相。亦無有法若來若去若至若不至。諸法相不滅故。
菩薩摩訶薩於諸地。不念不思惟。而修治地業亦不見地。
何等菩薩摩訶薩治地業。
仏が言った。
「菩薩摩訶薩が一切の事物には来る・去るという姿かたちがないことを、また事物に例えば来る、例えば去る、例えば至る、例えば至らないことがあるということがないことを知る。諸々の事物の姿かたちは滅しないからである。
菩薩摩訶薩は諸々の地位に於て、念ぜず、思惟しない。しかもその地位での業を修し治めながら、また地位を見ない。
どんなことを菩薩摩訶薩の地位での業を治めるというのだろうか。
菩薩摩訶薩住初地時行十事。
一者深心堅固。用無所得故。
二者於一切
生中等心。生不可得故。
三者布施施者受者不可得故。
四者親近善知識亦不自高。
五者求法一切法不可得故。
菩薩摩訶薩は最初の地位にある時、十の事項を行ずる。
一番目は深心堅固である、認知するということがないから。
二番目は一切の衆生の中での等心である、衆生は〈実体として〉認知できないから。
三番目は布施である、施者・受者は〈実体として〉認知できないから。
四番目は仏道に導いてくれる友人に親近し、また自から高ぶらない。
五番目は事物を求める、一切の事物は〈実体として〉認知できないから。
六者常出家。家不可得故。
七者愛樂佛身。相好不可得故。
八者演出法教。諸法分別不可得故。
九者破
慢法生慧不可得故。
十者實語。諸語不可得故。
菩薩摩訶薩如是初地中住。修治十事治地業。
六番目は常しえに出家する、家は〈実体として〉認知できないから。
七番目は仏身を愛楽する、相好は〈実体として〉認知できないから。
八番目は事物の教えを演説する、諸々の事物は分別〈実体として〉認知できないから。
九番目は驕慢という事物を破する、衆生と智慧は〈実体として〉認知できないから。
十番目は実語である、諸々の語は〈実体として〉認知できないから。
菩薩摩訶薩はこのように最初の地位の中にあって、十事を修治し、地位での業を治めるのである。
復次須菩提。菩薩摩訶薩住二地中。常念八法。
何等八。
一者戒清淨。
二者知恩報恩。
三者住忍辱力。
四者受歡喜。
五者不捨一切
生。
六者入大悲心。
七者信師恭敬諮受。
八者勤求諸波羅蜜。
須菩提。是名菩薩摩訶薩住二地中滿足八法。
また次に須菩提。菩薩摩訶薩は第二の地位の中にあって、常に八つの理法を想うのである。
何を八というのであろうか。
一番目は戒の清浄。
二番目は恩を知り恩に報いる。
三番目は忍辱力。
四番目は歓喜を受ける。
五番目は一切衆生を捨てない。
六番目は大悲心に入る。
七番目は師を信じ恭敬し、〈皆に〉諮り受ける。
八番目は諸々の波羅蜜を勤求する。
須菩提。これを菩薩摩訶薩が第二の地位の中にあって八つの理法を満足すると呼ぶのである。
復次須菩提。菩薩摩訶薩住三地中行五法。
何等五。
一者多學問無厭足。
二者淨法施亦不自高。
三者淨佛國土亦不自高。
四者受世間無量懃苦不以為厭。
五者住慚愧處。
須菩提。是名菩薩摩訶薩住三地中。應滿足五法。
また次に須菩提。菩薩摩訶薩は第三の地位の中にあって、五つの理法を行ずるのである。
何を五というのであろうか。
一番目は学問多く、飽き足りることがない。
二番目は法施を浄めまた自ら高ぶらない。
三番目は仏国土を浄めまた自ら高ぶらない。
四番目は世間の無量の懃苦を受け、それを厭わない。
五番目は慙愧の処に留まる。
須菩提。これを菩薩摩訶薩が第三の地位の中にあって、まさに満足すべき五つの理法と呼ぶのである。
復次須菩提。菩薩摩訶薩住四地中。應受行不捨十法。
何等十。
一者不捨阿蘭若住處。
二者少欲。
三者知足。
四者不捨頭陀功コ。
五者不捨戒。
また次に須菩提。菩薩摩訶薩は第四の地位の中にあって、まさに行を受け十の事物を捨ててはならない。
何を十というのであろうか。
一番目は阿蘭若
(アーランニャ、寂静の場所)の住みかを捨てない。
二番目は欲を少なくすることである。
三番目は足るを知ることである。
四番目は頭陀
(ドゥータ、乞食行)の功徳を捨てない。
五番目は戒を捨てない。
六者穢惡諸欲。
七者厭世間心順涅槃心。
八者捨一切所有。
九者心不沒。
十者不惜一切物。
須菩提。是名菩薩摩訶薩住四地中不捨十法。

六番目は諸欲を穢れた悪とする。
七番目は世間的な心を厭い涅槃
(ニルバーナ、煩悩の炎が吹き消された状態)の心に順ずる。
八番目は一切の有るとされる事物を捨てる。
九番目は心が没しない。
十番目は一切の物を惜しまない。
須菩提。これを菩薩摩訶薩が第四の地位の中にあって、十の事物を捨てないと呼ぶのである。

復次須菩提。菩薩摩訶薩住五地中。遠離十二法。
何等十二。
一者遠離親白衣。
二者遠離比丘尼。
三者遠離慳惜他家。
四者遠離無益談(處ならん)
五者遠離瞋恚。
また次に須菩提。菩薩摩訶薩は第五の地位の中にあって、十二の事物を遠く離れる。
何を十二というのであろうか。
一番目は白衣〈を着た俗人〉に親しむことを遠く離れる。
二番目は比丘尼
(ビクシュニー、尼僧)を遠く離れる。
三番目は他家に物惜しみすることを遠く離れる。
四番目は無益のお喋りの場所を遠く離れる。
五番目は怒りを遠く離れる。
六者遠離自大。
七者遠離蔑人。
八者遠離十不善道。
九者遠離大慢。
十者遠離自用。
十一者遠離顛倒。
十二者遶(遠ならん)離婬怒癡。
須菩提。是為菩薩摩訶薩住五地中遠離十二事。
六番目は偉ぶることを遠く離れる。
七番目は人を蔑視することを遠く離れる。
八番目は十の不善道を遠く離れる。
九番目は大きな怠慢を遠く離れる。

十番目は自分の見解に固執することを遠く離れる。
十一番目は顛倒を遠く離れる。
十二番目は婬・怒・痴
(三毒)を遠く離れる。
須菩提。これを菩薩摩訶薩が第五の地位の中にあって十二の事物を遠く離れると呼ぶのである。

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