<<目次へ  <<戻る  訓読へ  次へ>>

 

摩訶般若波羅蜜経広乗品第十九(丹本名為四念処品)

六、ブッダ、スブーティに陀羅尼門を説く

復次須菩提。菩薩摩訶薩摩訶衍。所謂字等語等諸字入門。
何等為字等語等諸字入門。
また次に須菩提。菩薩摩訶薩の摩訶衍とは、いわゆる字等、語等の、諸々の字に入る門である。
何を字等、語等、諸々の字に入る門というのであろうか。
(以下大智度論釈、不可解もあり)
阿字門。一切法初不生故。
羅字門。一切法離垢故。
波字門。一切法第一義故。
遮字門。一切法終不可得故。諸法不終不生故。
那字門。諸法離名性相不得不失故。
邏字門。諸法度世間故。亦愛支因
滅故。
阿字門とは、一切の事物は初めに生じないから。(阿提:初、阿耨波陀:不生)
羅字門とは、一切の事物は垢れを離れているから。(羅闍:垢)
波字門とは、一切の事物の第一義であるから。
(波羅末陀:第一義)
遮字門とは、一切の事物は〈行じても〉終に〈実体として〉認知することができないから。諸々の事物は終らず、生じないから。
(遮梨夜:行)
那字門とは、諸々の事物の名を離れ本性も姿かたちも認知せず、失わないから。(那:不)
邏字門とは、諸々の事物の〈軽重を離れ〉世間を済度するから。また〈十二支の〉愛着の因縁を滅するから。
(邏求:軽)

陀字門。諸法善心生故。亦施相故。
婆字門。諸法婆字離故。
荼字門。諸法荼字淨故。
沙字門。諸法六自在王性清淨故。
和字門入諸法語言道斷故。
多字門。入諸法如相不動故。

陀字門とは、諸々の事物は善心を生ずるから。また施す姿かたちであるから。(陀摩:善)
婆字門とは、諸々の事物の束縛を離れるから。
(婆陀:縛)
荼字門とは、諸々の事物は熱なく浄いから。(荼闍他:不熱)
沙字門とは、諸々の事物は人身六つのあり方(総・別・同・異・成・壊?)の本性は清浄であるから。(沙:六)
和字門とは、諸々の事物を言語で表現する道が断たれるから。
(和波他:語言)
多字門とは、諸々の事物がその姿かたちの如く不動に入るから。(多他:如)
夜字門。入諸法如實不生故。
咤字門。入諸法折伏不可得故。
迦字門。入諸法作者不可得故。
娑字門。入諸法時不可得故。諸法時來轉故。
磨字門。入諸法我所不可得故。
伽字門。入諸法去者不可得故。
夜字門とは、諸々の事物が実のごとく不生に入るから。(夜他跋:実)
咤字門とは、諸々の事物は折伏〈の障礙〉を〈実体として〉認知することができないところに入るから。
婆:障礙)
迦字門とは、諸々の事物を作す者を〈実体として〉認知することができないところに入るから。
(迦羅迦:作者)
娑字門とは、諸々の事物の時を〈実体として〉認知することができないところに入るから。諸々の事物の時が来転するから。(大智度論は薩婆:一切、婆摩耶:時ならん)
磨字門とは、諸々の事物の我所を〈実体として〉認知することができないところに入るから。(魔迦羅:我所)
伽字門とは、諸々の事物の去者を〈実体として〉認知することができないところに入るから。(伽陀:底)
他字門。入諸法處不可得故。
闍字門。入諸法生不可得故。
[簸−竹]
字門。入諸法[簸−竹]字不可得故。
駄字門。入諸法性不可得故。
字門。入諸法定不可得故。
字門。入諸法空不可得故。
叉字門。入諸法盡不可得故。
他字門とは、諸々の事物の処を〈実体として〉認知することができないところに入るから。(多陀阿伽陀:如去)
闍字門とは、諸々の事物の生を〈実体として〉認知することができないところに入るから。
(闍提闍羅:生老)
[簸−竹]字門とは、諸々の事物の[簸−竹]字を〈実体として〉認知することができないところに入るから。(無義故不釋)
駄字門とは、諸々の事物の本性を〈実体として〉認知することができないところに入るから。(駄摩:法)
字門とは、諸々の事物の定を〈実体として〉認知することができないところに入るから。多:寂滅)
字門とは、諸々の事物の虚空を〈実体として〉認知することができないところに入るから。伽:虚空)
叉字門とは、諸々の事物の窮尽を〈実体として〉認知することができないところに入るから。(叉耶:尽)
字門。入諸法有不可得故。
若字門。入諸法智不可得故。
字門。入諸法字不可得故。
婆字門。入諸法破壞不可得故。
車字門。入諸法欲不可得故。如影五陰亦不可得故。
摩字門。入諸法摩字不可得故。
字門とは、諸々の事物の有を〈実体として〉認知することができないところに入るから。(阿利迦度求那:是事辺得何利)
若字門とは、諸々の事物の智を〈実体として〉認知することができないところに入るから。
(若那:智)
字門とは、諸々の事物の意義を〈実体として〉認知することができないところに入るから。(阿他:義)
婆字門とは、諸々の事物の破壊を〈実体として〉認知することができないところに入るから。
(婆伽:破)
車字門とは、諸々の事物の欲を〈実体として〉認知することができないところに入るから。影の如く五陰もまた〈実体として〉認知することができないところであるから。(伽車提:去)
摩字門とは、諸々の事物の堅牢を〈実体として〉認知することができないところに入るから。(阿湿摩:石)
火字門。入諸法喚不可得故。
嗟字門。入諸法嗟字不可得故。
伽字門。入諸法厚不可得故。
他字門。入諸法處不可得故。
拏字門。入諸法不來不去不立不坐不臥故。
頗字門。入諸法遍(邊ならん)不可得故。
火字門とは、諸々の事物の喚起を〈実体として〉認知することができないところに入るから。(火夜:喚来)
嗟字門とは、諸々の事物の慳貪・恵施を〈実体として〉認知することができないところに入るから。(末嗟羅:慳)
伽字門とは、諸々の事物の厚さ薄さを〈実体として〉認知することができないところに入るから。(伽那:厚)
他字門とは、諸々の事物の処を〈実体として〉認知することができないところに入るから。(他那:所)
拏字門とは、諸々の事物の不来・不去・不立・不坐・不臥に入るから。
(拏:不)
頗字門とは、諸々の事物の辺を〈実体として〉認知することができないところに入るから。
(頗羅:果)
歌字門。入諸法聚不可得故。
字門。入諸法字不可得故。
遮字門。入諸法行不可得故。
咤字門。入諸法傴(區ならん)不可得故。
荼字門。入諸法邊竟處故不終不生。
歌字門とは、諸々の事物の集合を〈実体として〉認知することができないところに入るから。(歌大:衆)
字門とは、諸々の事物の空を〈実体として〉認知することができないところに入るから。字空の故に)
遮字門とは、諸々の事物の行を〈実体として〉認知することができないところに入るから。(遮羅地:動)
咤字門とは、諸々の事物の〈此彼岸の〉区分を〈実体として〉認知することができないところに入るから。羅:岸)
荼字門とは、諸々の事物の辺竟処に入るから終らず生じない。(波茶:必、以上42字)
過荼無字可
何以故。
更無字故。
諸字無礙無名亦滅。不可
不可示。不可見不可書。
須菩提。當知一切諸法如
空。
須菩提。是名陀羅尼門。
荼のほかに字として説明すべきものはないのである。
なぜだろうか。
更に字はないからである。
諸々の字は妨げるものなく、名もなく、また〈尽きて〉滅するから、説くこともできず、示すこともできず、見ることもできず、書くこともできない。
須菩提。まさに知るべきである、一切の諸々の事物は虚空のようなものだと。
須菩提。これを陀羅尼
(ダーラニー、真理を護持する力)門と名づける。

所謂阿字義。若菩薩摩訶薩。是諸字門印阿字印。若聞若受若誦若讀若持若為他
。如是知當得二十功コ。
何等二十
得強識念。
得慚愧。
得堅固心。
得經旨趣。
得智慧。
得樂
無礙。
易得諸餘陀羅尼門。
得無疑悔心。
SAT版無『。』)
(陀羅尼門二十功徳)
いわゆる阿字の意義とは、
たとえば菩薩摩訶薩は、この諸字の門の印、阿字の印を、
もしくは聞き、もしくは受け、もしくは誦し、もしくは読み、もしくは持し、もしくは他の為に説くということである。
このように知れば当に二十の功徳を得るであろう。
何を二十というのであろうか。

強く識り強く念ずることを得る、
慙愧を得る、
堅固な心を得る、
経の趣旨を得る、
智慧を得る、
説くことを願うに妨げるものがないことを得る、
諸余の陀羅尼門を容易に得る、
疑悔の無い心を得る、

得聞善不喜聞惡不怒。
得不高不下住心無摶ウ減。
得善巧知
生語。
得巧分別五陰十二入十八界十二因
四諦。
得巧分別
生諸根利鈍。
得巧知他心。
得巧分別日月
節。
得巧分別天耳通。
得巧分別宿命通。
得巧分別生死通。
得能巧
是處非處。
得巧知往來坐起等身威儀。
須菩提。是陀羅尼門字門阿字門等。是名菩薩摩訶薩摩訶衍

摩訶般若經卷第五

善を聞いて喜ばず、悪を聞いて怒らないことを得る、
高からず低からず留まり、心の増えず減しないことを得る、
善巧に衆生の語を知ることを得る、
巧みに五陰・十二入・十八界・十二因縁・四縁・四諦を分別することを得る、
巧みに衆生諸根利鈍を分別することを得る、
巧みに他心を知ることを得る、
巧みに日月歲節を分別することを得る、
巧みに天耳通を分別することを得る、
巧みに宿命通を分別することを得る、
巧みに生死通を分別することを得る、
巧みに是処・非処を説く能力を得る、
巧みに往来、坐起等の身威儀を知ることを得るのである。
須菩提。これが陀羅尼門、字門、阿字門等である。これを菩薩摩訶薩の摩訶衍と名づけるのである」
(本経成立の時代の『陀羅尼』は呪文にあらず)

摩訶般若経巻第五

<<目次へ  <<戻る  訓読へ  次へ>>

 

 

 

 

 

著作 アルキメデスの館