<<目次へ  <<戻る  訓読へ  次へ>>

 

摩訶般若波羅蜜経広乗品第十九(丹本名為四念処品)

四、ブッダ、三解脱門・十一智・三根・三三昧・十念を説く


復次須菩提。菩薩摩訶薩摩訶衍。所謂三三昧。
何等三。
空無相無作三昧。
空三昧名諸法自相空。是名空解
門。
(三解脱門)
また次に須菩提。菩薩摩訶薩の摩訶衍とは、いわゆる三つの三昧(サマーディー、瞑想)である。
三つとは何であろうか。
空という・姿かたちの〈目標が〉ないという・作為がないという三昧である。
空という三昧は諸々の事物の自からの姿かたちは空であるから名づけられている。これを空という解脱門と名づける。
無相名壞諸法相不憶不念。是名無相解門。
無作名諸法中不願作。是名無作解
門。
是名菩薩摩訶薩摩訶衍。以不可得故。
無相は諸々の事物の姿かたちを壊し憶したり念じたりしないから名づけられている。これを姿かたちの〈目標が〉ない解脱門と名づける。
作為がないとは諸々の事物の中に願をなさないから名づけられている。これを作為がないという解脱門と名づける。
これを菩薩摩訶薩の摩訶衍と名づけるのである。〈実体として〉認知することができないからである。

復次須菩提。菩薩摩訶薩摩訶衍。所謂苦智集智滅智道智盡智無生智法智比智世智他心智如實智。
云何名苦智。知苦不生是名苦智。
云何名集智。知集應斷是名集智。
(十一智)
また次に須菩提。菩薩摩訶薩の摩訶衍とは、いわゆる苦難についての智・〈苦の〉発生についての智・〈苦の〉消滅についての智・道についての智・尽後についての智・無生についての智・事物についての智・慣習についての智・世間についての智・他者の心についての智・如実についての智である。
苦難についての智とはどういうことだろうか。苦は生じないと知る、これを苦難についての智と名づける。
〈苦の〉発生についての智とはどういうことだろうか。〈苦の〉発生はまさに断ずべきであると知る、これを苦難についての智と名づく。
云何名滅智。知苦滅是名滅智。
云何名道智。知八聖道分是名道智。
云何名盡智。知諸婬恚癡盡是名盡智。
云何名無生智。知諸有中無生是名無生智。
云何名法智。知五蔭本事是名法智。
消滅についての智とはどういうことだろうか。苦は消滅すると知る、これを消滅についての智と名づける。
道についての智とはどういうことだろうか。八つの正しい道を知る、これを道についての智と名づける。
尽後についての智とはどういうことだろうか。諸々の婬・恚・痴
(三毒煩悩)は尽きると知る、これを尽後についての智と名づける。
無生についての智とはどういうことだろうか。諸々の有の中に生じたものは無いと知る、これを無生についての智と名づける。
事物についての智とはどういうことだろうか。人間存在の五つの構成要素の根本の事実を知る、これを事物についての智と名づける。
云何名比智。知眼無常乃至意觸因生受無常是名比智。
云何名世智。知因
名字是名世智。
云何名他心智。知他
生心是名他心智。
云何名如實智。諸佛一切種智是名如實智。
須菩提。是名菩薩摩訶薩摩訶衍。以不可得故。
慣習についての智とはどういうことだろうか。眼が恒常でないということから心と外界との接触により生じる判断が恒常でないということを知る、これを慣習についての智と名づける。
世間についての智とはどういうことだろうか。因縁の名称を知る、これを世間についての智と名づける。
他者の心についての智とはどういうことだろうか。他の衆生の心を知る、他者の心についての智と名づける。
如実についての智とはどういうことだろうか。諸々の仏の一切種智
(一切空なるがゆえに平等・無差別であることを知りながら現象の諸相の種別を見極める智慧)、これを如実についての智と名づける。
須菩提。これを菩薩摩訶薩の摩訶衍と名づける。〈実体として〉認知することができないからである。


復次須菩提。菩薩摩訶薩摩訶衍。所謂三根。未知欲知根知根智者根。
云何名未知欲知根。諸學人未得果信根精進根念根定根慧根。是名未知欲知根。

(三根)
また次に須菩提。菩薩摩訶薩の摩訶衍とは、いわゆる三つの感覚能力、知ろうとする欲が未知である能力・知る能力・知った者の能力である。
何を知ろうとする欲が未知である能力と名づけるのだろうか。諸々の学ぶ人が未だ果を得ていない信ずる能力・精進する能力・念ずる能力・瞑想する能力・智慧の能力、これを知ろうとする欲が未知である能力と名づける。

云何名知根。諸學人得果信根乃至慧根。是名知根。
云何名智者根。諸無學人若阿羅漢若辟支佛諸佛信根乃至慧根。是名智者根。
須菩提。是名菩薩摩訶薩摩訶衍。以不可得故。

何を知る能力と名づけるのだろうか。諸々の学ぶ人が果を得ている信ずる能力から智慧の能力。これを知る能力と名づける。
何を知った者の能力と名づけるのだろうか。諸々の学ぶ必要のない人、もしは阿羅漢、もしは辟支仏、諸々の仏の信ずる能力から智慧の能力。これを知った者の能力と名づける。
須菩提。これを菩薩摩訶薩の摩訶衍と名づける。〈実体として〉認知することができないからである。

復次須菩提。菩薩摩訶薩摩訶衍。所謂三三昧。
何等三。
有覺有觀三昧。無覺有觀三昧。無覺無觀三昧。
云何名有覺有觀三昧。離諸欲離惡不善法。有覺有觀離生喜樂入初禪。是名有覺有觀三昧。
(三三昧)
また次に須菩提。菩薩摩訶薩の摩訶衍とは、いわゆる三つの三昧である。
三つとは何であろうか。

覚りがあり観ずることがある三昧・覚りはなく観ずることがある三昧・覚りもなく観ずることもない三昧である。
何を覚りがあり観ずることがある三昧と名づけるのであろうか。諸々の欲を離れ、悪・不善法を離れ、覚りがあり観ずることのある、離生喜楽の初禅に入る。これを覚りがあり観ずることがある三昧と名づける。
何を覚りはなく観ずることがある三昧と名づけるのであろうか。初禅・二禅の中間である。これを覚りはなく観ずることがある三昧と名づける。
云何名無覺有觀三昧。初禪二禪中間。是名無覺有觀三昧。
云何名無覺無觀三昧。從二禪乃至非有想非無想定。是名無覺無觀三昧。
須菩提。是名菩薩摩訶薩摩訶衍。以不可得故。
何を覚りもなく観ずることもない三昧と名づけるのであろうか。二禅から非有想非無想定までに従う。これを覚りもなく観ずることもない三昧と名づける。
須菩提。これを菩薩摩訶薩の摩訶衍と名づける。〈実体として〉認知することができないからである。

復次須菩提。菩薩摩訶薩摩訶衍。所謂十念。
何等十。
念佛念法念僧念戒念捨念天念善念出入息念身念死。
須菩提。是名菩薩摩訶薩摩訶衍。以不可得故。
(十念)
また次に須菩提。菩薩摩訶薩の摩訶衍とは、いわゆる十念である。
何を十というのであろうか。
ブッダを念ずる・ブッダの教えを念ずる・教団を念ずる・戒めを念ずる・捨を念ずる・天を念ずる・善を念ずる・出入する息を念ずる・身を念ずる・死を念ずることである。
須菩提。これを菩薩摩訶薩の摩訶衍と名づける。〈実体として〉認知することができないからである。

復次須菩提。菩薩摩訶薩摩訶衍。所謂四禪四無量心四無色定八背捨九次第定。
須菩提。是名菩薩摩訶薩摩訶衍。以不可得故。

また次に須菩提。菩薩摩訶薩の摩訶衍とは、いわゆる四つの禅・四つの限りのない心・四つの物質的存在の無いことの瞑想・八つの三昧による解脱・九つの階梯の瞑想である。
須菩提。これを菩薩摩訶薩の摩訶衍と名づける。〈実体として〉認知することができないからである。

<<目次へ  <<戻る  訓読へ  次へ>>

 

 

 

 

 

著作 アルキメデスの館