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摩訶般若波羅蜜経広乗品第十九(丹本名為四念処品)

二、ブッダ、スブーティに三十七道品を説く(二)


復次須菩提。菩薩摩訶薩若見是棄死人身。一日二日至于五日。[
月+逢]脹青膿汁流出。自念我身亦如是相如是法未此法。
如是須菩提。菩薩摩訶薩
身中循身觀。懃精進一心除世間貪憂。以不可得故。
(四念処の二)
(棄死体の不浄観)また次に須菩提。菩薩摩訶薩は、もしはこの棄てられた死人の身体の、一日、二日、五日、そしてここに至り、腫れ脹らみ、青く充血し、膿汁の流出するのを見て、自ら我が身もまたこのような姿かたちで、このような事物であり、未だこの事物を脱していないと思う。
このように須菩提。菩薩摩訶薩は身体の内面中に身体を循って観じ、つとめて精進し一心に世間の貪憂を除くのである。〈実体として〉認知することができないからである。
復次須菩提菩薩摩訶薩若見是棄死人身。若六日若七日。烏鴟G鷲豺狼狐狗。如是等種種禽獸攫裂食之。自念我身如是相如是法未此法。
如是須菩提。菩薩摩訶薩
身中循身觀。懃精進一心除世間貪憂。以不可得故。
また次に須菩提。菩薩摩訶薩は、もしはこの棄てられた死人の身体の、もしは六日、もしは七日、からす・とんび・大鷲・鷲・やまいぬ・狼・狐・いぬ等、このような種々の禽獣がつかみ、裂いてこれを食うのを見て、自ら我が身もまたこのような姿かたちで、このような事物であり、未だこの事物を脱していないと思う。
このように須菩提。菩薩摩訶薩は、身体の内面中を身体を循って観じ、つとめて精進し一心に世間の貪憂を除く。〈実体として〉認知することができないからである。
復次須菩提。菩薩摩訶薩若見是棄死人身。種種禽獸食已不淨爛臭。自念我身如是相如是法未此法。乃至除世間貪憂。 また次に須菩提。菩薩摩訶薩は、もしはこの棄てられた死人の身体の、種々の禽獣が食ってしまったあと不浄爛れ腐っているのを見て、自ら我が身もまたこのような姿かたちで、このような事物であり、未だこの事物を脱していないと思い、そして世間の貪憂を除くのである。
復次須菩提。菩薩摩訶薩若見是棄死人身。骨璅血肉塗染筋骨相連。自念我身如是相如是法未此法。乃至除世間貪憂。 また次に須菩提。菩薩摩訶薩は、もしはこの棄てられた死人の身体の、玉のような骨が血肉で塗染し、筋骨が相い連なっているのを見て、自ら我が身もまたこのような姿かたちで、このような事物であり、未だこの事物を脱していないと思い、そして世間の貪憂を除くのである。
復次須菩提。菩薩摩訶薩若見是棄死人身。骨璅血肉已離筋骨相連。自念我身如是相如是法未此法。乃至除世間貪憂。 また次に須菩提。菩薩摩訶薩は、もしはこの棄てられた死人の身体の、玉のような骨が血肉で塗染し、筋骨が相い連なっていたのが離れてしまったのを見て、自ら我が身もまたこのような姿かたちで、このような事物であり、未だこの事物を脱していないと思い、そして世間の貪憂を除くのである。
復次須菩提。菩薩摩訶薩若見是棄死人身。骨璅已散在地。自念我身如是相如是法未此法。
如是須菩提。菩薩摩訶薩觀
身。乃至除世間貪憂。
また次に須菩提。菩薩摩訶薩は、もしはこの棄てられた死人の身体の、玉のような骨が地面に散ってしまっているのを見て、自ら我が身もまたこのような姿かたちで、このような事物であり、未だこの事物を脱していないと思い、そして世間の貪憂を除くのである。
このように須菩提。菩薩摩訶薩は身体の内面を観じ、そして世間の貪憂を除くのである。
復次須菩提。菩薩摩訶薩若見是棄死人身。骨散在地腳(脚ならん)骨異處。SAT版無『。』)(跳−兆+甫/寸)骨髀骨腰骨脅骨。脊骨手骨項骨髑髏各各異處。自念我身如是相如是法未此法。
如是須菩提。菩薩摩訶薩觀
身。乃至除世間貪憂。
また次に須菩提。菩薩摩訶薩は、もしはこの棄てられた死人の身体の、骨が散って地にあって、脚の骨は異なる場所にあり、かかとの骨・大腿骨・腰骨・わき骨、背骨・手骨・くびの骨・髑髏、各々異なる場所にあるのを見て、自ら我が身もまたこのような姿かたちで、このような事物であり、未だこの事物を脱していないと思う。
このように須菩提。菩薩摩訶薩は身体の内面を観じ、そして世間の貪憂を除くのである。
復次須菩提。菩薩摩訶薩見是棄死人。骨在地久。風吹日曝。色白如貝。自念我身如是相如是法未此法。
如是須菩提。菩薩摩訶薩觀
身。乃至除世間貪憂。以不可得故。
また次に須菩提。菩薩摩訶薩は、この棄てられた死人の骨が歲久しく地にあって、風は吹き日は曝し、色が白くなって貝のようになっているのを見て、自ら我が身もまたこのような姿かたちで、このような事物であり、未だこの事物を脱していないと思う。
このように須菩提。菩薩摩訶薩は身体の内面を観じ、そして世間の貪憂を除く。〈実体として〉認知することができないからである。
復次須菩提。菩薩摩訶薩見是棄死人。骨在地久其色如鴿。腐朽爛壞與土共合。自念我身如是相如是法未此法。
如是須菩提。菩薩摩訶薩
身中循身觀。懃精進一心除世間貪憂。以不可得故。
また次に須菩提。菩薩摩訶薩は、この棄てられた死人の骨が歲久しく地にあって、その色は鳩のようにである、腐りきって爛れ壊れて土と共に合するのを見て、自ら我が身もまたこのような姿かたちで、このような事物であり、未だこの事物を脱していないと思う。
このように須菩提。菩薩摩訶薩は身体の内面中に身体を循って観じ、つとめて精進し一心に世間の貪憂を除くのである。〈実体として〉認知することができないからである。
外身外身亦如是。
受念處心念處法念處。亦應如是廣

須菩提。是名菩薩摩訶薩摩訶衍。
身体の外面・身体の内面と外面もまた同じようである。
感覚の観行・心の観行・事物の観行、もまたそれに応じてこのように広く説かれる。
須菩提。これを菩薩摩訶薩の摩訶衍と名づけるのである。

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著作 アルキメデスの館