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摩訶般若波羅蜜経問乗品第十八(丹本名為摩訶衍品)

九、ブッダ、百八種の三昧の名の由来を説く(四)

云何名達一切有底散三昧。
住是三昧入一切有一切三昧。智慧通達亦無所達。是名達一切有底散三昧。
何を一切の事物界の極限に達したものを散らす三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、一切の事物に入り、一切の三昧の智慧は通達し、また達する所はない。これを一切の事物界の極限に達したものを散らす三昧と名づけるのである。
云何名入名語三昧。
住是三昧入一切三昧名語。是名入名語三昧。
何を名と語に入るという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、一切の三昧の名称と語に入る。これを名と語に入るという三昧と名づけるのである。
云何名離音聲字語三昧。
住是三昧不見諸三昧音聲字語。是名離音聲字語三昧。
何を音声と字語を離れる三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の音声・字語を見ない。これを音声と字語を離れる三昧と名づけるのである。
云何名然炬三昧。
住是三昧威コ照明如炬。是名然炬三昧。
何を燃えるかがり火という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、威徳の照明はかがり火のようである。これを燃えるかがり火という三昧と名づけるのである。
云何名淨相三昧。
住是三昧淨諸三昧相。是名淨相三昧。
何を浄い姿かたちという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の姿かたちを浄める。これを浄い姿かたちという三昧と名づけるのである。
云何名破相三昧。
住是三昧不見諸三昧相。是名破相三昧。
何を姿かたちを破る三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の姿かたちを見ない。これを姿かたちを破る三昧と名づけるのである。
云何名一切種妙足三昧。
住是三昧一切諸三昧種皆具足。是名一切種妙足三昧。
何を一切の種類の妙なる具足という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、一切の諸々の三昧の種はみな具足する。これを一切の種類の妙なる具足という三昧と名づけるのである。
云何名不喜苦樂三昧。
住是三昧不見諸三昧苦樂。是名不喜苦樂三昧。
何を苦楽を喜ばない三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の苦楽を見ない。これを苦楽を喜ばない三昧と名づけるのである。
云何名無盡相三昧。
住是三昧不見諸三昧盡。是名無盡相三昧。
何を尽きることのない姿かたちという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の尽きるのを見ない。これを尽きることのない姿かたちという三昧と名づけるのである。
云何名多陀羅尼三昧。
住是三昧能持諸三昧。是名多陀羅尼三昧。
何を多くの陀羅尼という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧を保持することができる。これを多くの陀羅尼という三昧と名づけるのである。
云何名攝諸邪正相三昧。
住是三昧。於諸三昧不見邪正相。是名攝諸邪正相三昧。
何を諸々の邪正の姿かたちを摂する三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧において、邪正という姿かたちを見ない。これを諸々の邪正の姿かたちを摂する三昧と名づけるのである。
云何名滅憎愛三昧。
住是三昧不見諸三昧憎愛。是名滅憎愛三昧。
何を憎愛を滅する三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の憎愛を見ない。これを憎愛を滅する三昧と名づけるのである。
云何名逆順三昧。
住是三昧不見諸法諸三昧逆順。是名逆順三昧。
何を逆順という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の事物、諸々の三昧の逆順を見ない。これを逆順という三昧と名づけるのである。
云何名淨光三昧。
住是三昧不得諸三昧明垢。是名淨光三昧。
何を浄い光という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の明かりは垢つくことを得ない。これを浄い光という三昧と名づけるのである。
云何名堅固三昧。
住是三昧不得諸三昧不堅固。是名堅固三昧。
何を堅固という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の堅固ならざるを得ない。これを堅固という三昧と名づけるのである。
云何名滿月淨光三昧。
住是三昧諸三昧滿足如月十五日。是名滿月淨光三昧。
何を満月の浄い光という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧は十五日の満ち足りる月のようである。これを満月の浄い光という三昧と名づけるのである。
云何名大莊嚴三昧。
住是三昧大莊嚴成就諸三昧。是名大莊嚴三昧。
何を大荘厳という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、大荘厳し、諸々の三昧を成就する。これを大荘厳という三昧と名づけるのである。
云何名能照一切世三昧。
住是三昧諸三昧及一切法能照。是名能照一切世三昧。
何を一切の世を照らすことができる三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧は一切の事物を照らせるまで及ぶ。これを一切の世を照らすことができる三昧と名づけるのである。
云何名三昧等三昧。
住是三昧於諸三昧不得定亂相。是名三昧等三昧。
何を三昧等という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧において定乱の姿かたちを得ない。これを三昧等という三昧と名づけるのである。
云何名攝一切有諍無諍三昧。
住是三昧能使諸三昧不分別有諍無諍。是名攝一切有諍無諍三昧。
何を一切の諍いありと諍いなしを摂する三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧をして諍いありと諍いなしを分別させないことができる。これを一切の諍いありと諍いなしを摂する三昧と名づけるのである。
云何名不樂一切住處三昧。
住是三昧不見諸三昧依處。是名不樂一切住處三昧。
何を一切の留まるところを楽しまない三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の依る処を見ない。これを一切の留まるところを楽しまない三昧と名づけるのである。
云何名如住定三昧。
住是三昧不過諸三昧如相。是名如住定三昧。
何を瞑想に留まるごとき三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧は姿かたちのようなことを過ぎない。これを瞑想に留まるごとき三昧と名づけるのである。
云何名壞身衰三昧。
住是三昧不得身相。是名壞身衰三昧。
何を身を壊し衰える三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、身体の姿かたちを得ない。これを身を壊し衰える三昧と名づけるのである。
云何名壞語如空三昧。
住是三昧不見。
SAT版無『。』)諸三昧語業如空。是名壞語如空三昧。
何を虚空のような語を壊す三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の語の業を見ないこと虚空のようである。これを虚空のような語を壊す三昧と名づけるのである。
云何名離著空不染三昧。
住是三昧。見諸法如
空無閡。亦不染是三昧。是名離著空不染三昧。
何を虚空への執着を離れ染まらない三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の事物の虚空のように礙げるものがないのを見る。また三昧に染まらない。これを虚空への執着を離れ染まらない三昧と名づけるのである。

須菩提。是名菩薩摩訶薩摩訶衍

須菩提。これらを菩薩摩訶薩の摩訶衍と名づけるのである。

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