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摩訶般若波羅蜜経問乗品第十八(丹本名為摩訶衍品)

七、ブッダ、百八種の三昧の名の由来を説く(二)

云何名淨燈三昧。
住是三昧於諸三昧中作明如燈。是名淨燈三昧。
何を浄い灯という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の中において明るくすること灯のようである。これを浄い灯という三昧と名づけるのである。
云何名無邊明三昧。
住是三昧與諸三昧作無邊明。是名無邊明三昧。
何を辺のない明かりという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧を無辺に明るくする。これを辺のない明かりという三昧と名づけるのである。
云何名能作明三昧。
住是三昧即時能為諸三昧作明。是名能作明三昧。
何を明るくすることができる三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、たちまち諸々の三昧の為に明るくすることができる。これを明るくすることができる三昧と名づけるのである。
云何名普照明三昧。
住是三昧即能照諸三昧門。是名普照明三昧。
何を普く明るく照らすという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、そのまま諸々の三昧の門を照らすことができる。これを普く明るく照らすという三昧と名づけるのである。
云何名堅淨諸三昧三昧。
住是三昧能堅淨諸三昧相。是名堅淨諸三昧三昧。
何を堅固に諸々を浄める三昧という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の姿かたちを堅固に浄めることができる。これを堅固に諸々を浄める三昧という三昧と名づけるのである。
云何名無垢明三昧。
住是三昧能除諸三昧垢。亦能照一切三昧。是名無垢明三昧。
何を垢ついていない明かりという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の垢を除くことができ、また一切の三昧を照らすことができる。これを垢ついていない明かりという三昧と名づけるのである。
云何名歡喜三昧。
住是三昧能受諸三昧喜。是名歡喜三昧。
何を歓喜という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の喜びを受けることができる。これを歓喜という三昧と名づけるのである。
云何名電光三昧。
住是三昧照諸三昧如電光。是名電光三昧。
何を電光という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧を照らすこと電光のようである。これを電光という三昧と名づけるのである。
云何名無盡三昧。
住是三昧於諸三昧不見盡。是名無盡三昧。
何を尽きることのない三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧において尽きるのを見ない。これを尽きることのない三昧と名づけるのである。
云何名威コ三昧。
住是三昧於諸三昧威コ照然。是名威コ三昧。
何を威徳という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の威徳は照然としている。これを威徳という三昧と名づけるのである。
云何名離盡三昧。
住是三昧不見諸三昧盡。是名離盡三昧。
何を尽きることを離れるという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の尽きるのを見ない。これを尽きることを離れるという三昧と名づけるのである。
云何名不動三昧。
住是三昧令諸三昧不動不戲。是名不動三昧。
何を動かないという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧に動じさせず戯れさせない。これを動かないという三昧と名づけるのである。
云何名不退三昧。
住是三昧能不見諸三昧退。是名不退三昧。
何を退かない三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の退くのを見ないことができる。これを退かない三昧と名づけるのである。
云何名日燈三昧。
住是三昧放光照諸三昧門。是名日燈三昧。
何を日の灯という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、光を放ち諸々の三昧の門を照らす。これを日の灯という三昧と名づけるのである。
云何名月淨三昧。
住是三昧能除諸三昧闇。是名月淨三昧。
何を月が浄めるという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の闇を除くことができる。これを月が浄めるという三昧と名づけるのである。
云何名淨明三昧。
住是三昧於諸三昧得四無闇
ならん)智。是名淨明三昧。
何を浄い明かりという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧において四つの閡げられない智慧
(法無智、義無智、辞無智、楽説無智)を得る。これを浄い明かりという三昧と名づけるのである。
云何名能作明三昧。
住是三昧於諸三昧門能作明。是名能作明三昧。
何を明るくできる三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の門を明るくすることができる。これを明るくできる三昧と名づけるのである。
云何名作行三昧。
住是三昧能令諸三昧各有所作。是名作行三昧。
何を行をなすという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧をして各々なす所にあらしむことができる。これを行をなすという三昧と名づけるのである。
云何名知相三昧。
住是三昧見諸三昧知相。是名知相三昧。
何を姿かたちを知る三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の知の姿かたちを見る。これを姿かたちを知る三昧と名づけるのである。
云何名如金剛三昧。
住是三昧能貫達諸法亦不見達。是名如金剛三昧。
何を金剛のような三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の事物に貫達し、また達するのを見ないことができる。これを金剛のような三昧と名づけるのである。
云何名心住三昧。
住是三昧心不動不轉不惱。亦不念有是心。是名心住三昧。
何を心が留まるという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、心は動ぜず、転ぜず、悩まない。またこの心があることを思わない。これを心が留まるという三昧と名づけるのである。
云何名普明三昧。
住是三昧普見諸三昧明。是名普明三昧。
何を普き明かりという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、普く諸々の三昧の明かりを見る。これを普き明かりという三昧と名づけるのである。
云何名安立三昧。
住是三昧於諸三昧安立不動。是名安立三昧。
何を安らかに立つという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧において安立し動じない。これを安らかに立つという三昧と名づけるのである。
云何名寶聚三昧。
住是三昧普見諸三昧如見寶聚。是名寶聚三昧。
何を宝が聚まるという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、普く諸々の三昧を見ること宝が聚まるのを見るようである。これを宝が聚まるという三昧と名づけるのである。
云何名妙法印三昧。
住是三昧能印諸三昧以無印印故。是名妙法印三昧。
何を妙なる理法の印という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧に印することができる。無印で印することができるからである。これを妙なる理法の印という三昧と名づけるのである。
云何名法等三昧。
住是三昧觀諸法等無法不等。是名法等三昧。
何を事物が等しいという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の事物は等しく、事物は等しくないということがないのを観ずる。これを事物が等しいという三昧と名づけるのである。

云何名斷喜三昧。
住是三昧斷一切法中喜。是名斷喜三昧。

何を喜ぶことを断つ三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、一切の事物の中の喜びを断ずず。これを喜ぶことを断つ三昧と名づけるのである。

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