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摩訶般若波羅蜜経問乗品第十八(丹本名為摩訶衍品)

六、ブッダ、百八種の三昧の名の由来を説く(一)

云何名首楞嚴三昧。
知諸三昧行處。是名首楞嚴三昧。
何を首楞厳三昧と名づけるのであろうか。
諸々の三昧行のあるべきところを知る。これを首楞厳三昧と名づけるのである。
云何名寶印三昧。
住是三昧能印諸三昧。是名寶印三昧。
何を〈仏の〉宝印という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧を〈心に〉印することができる。これを〈仏の〉宝印という三昧と名づけるのである。
云何名師子遊戲三昧。
住是三昧能遊戲諸三昧中如師子。是名師子遊戲三昧。
何を遊ぶ獅子〈のように自由自在〉という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の中に遊戯ことができ、師子のようである。これを遊ぶ獅子〈のように自由自在〉という三昧と名づけるのである。
云何名妙月三昧。
住是三昧能照諸三昧如淨月。是名妙月三昧。
何を妙なる月という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧を照らすことができ、浄い月のようである。これを妙なる月という三昧と名づけるのである。
云何名月幢相三昧。
住是三昧能持諸三昧相。是名月幢相三昧。
何を月の幢(はた)の姿という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の姿かたちを保保持するることができる。これを月の幢(はた)の姿という三昧と名づけるのである。
云何名出諸法三昧。
住是三昧能出生諸三昧。是名出諸法三昧。
何を諸々の理法を出す三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧を生み出すことができる。これを諸々の理法を出す三昧と名づけるのである。
云何名觀頂三昧。
住是三昧能觀諸三昧頂。是名觀頂三昧。
何を頂を観る三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の頂を観ずることができる。これを頂を観る三昧と名づけるのである。
云何名畢法性三昧。
住是三昧決定知法性。是名畢法性三昧。
何を事物の本性を出しつくす三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、〈仏の教えを〉かたく信じて事物の本性を知る。これを事物の本性を出しつくす三昧と名づけるのである。
云何名畢幢相三昧。
住是三昧能持諸三昧幢。是名畢幢相三昧。
何を幢の姿を出し尽くす三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の幢を保保持するることができる。これを幢の姿を出し尽くす三昧と名づけるのである。
云何名金剛三昧。
住是三昧能破(持ならん)諸三昧。是名金剛三昧。
何を金剛という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧を保持することができる。これを金剛という三昧と名づけるのである。
云何名入法印三昧。
住是三昧入諸法印。是名入法即(印ならん)三昧。
何を仏の理法の印に入る三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の理法の印に入る。これを仏の理法の印に入る三昧と名づけるのである。
云何名三昧王安立三昧。
住是三昧一切諸三昧中安立住如王。是名三昧王安立三昧。
何を三昧の王が安らかに立つという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、一切の諸々の三昧の中に安立して留まること王のようである。これを三昧の王が安らかに立つという三昧と名づけるのである。
云何名放光三昧。
住是三昧能放光照諸三昧。是名放光三昧。
何を光を放つ三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、光を放ち諸々の三昧を照らすことができる。これを光を放つ三昧と名づけるのである。
云何名力進三昧。
住是三昧。於諸三昧能作勢力(力勢ならん)。是名力進三昧。
何を力が進むという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧において力勢をなすことができる。これを力が進むという三昧と名づけるのである。
云何名高出三昧。
住是三昧能搨キ諸三昧。是名高出三昧。
何を高く出ずるという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧を増長すことができる。これを高く出ずるという三昧と名づけるのである。
云何名必入辯才三昧。
住是三昧能辯
諸三昧。是名必入辯才三昧。
何を弁舌の才能に必ず入る三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧を弁説することができる。これを弁舌の才能に必ず入る三昧と名づけるのである。
云何名釋名字三昧。
住是三昧能釋諸三昧名字。是名釋名字三昧。
何を名称を解き放つ三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の名字を解き放つことができる。これを名称を解き放つ三昧と名づけるのである。
云何名觀方三昧。
住是三昧能觀諸三昧方。是名觀方三昧。
何を進む方向を観る三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の方向を観ずることができる。これを進む方向を観る三昧と名づけるのである。
云何名陀羅尼印三昧。
住是三昧持諸三昧印。是名陀羅尼印三昧。
何を陀羅尼の印という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の印を保持する。これを陀羅尼の印という三昧と名づけるのである。
云何名無誑三昧。
住是三昧於諸三昧不欺誑。是名無誑三昧。
何を誑かされない三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧において欺むき誑かされない。これを誑かされない三昧と名づけるのである。
云何名攝諸法海三昧。
住是三昧能攝諸三昧如大海水。是名攝諸法海三昧。
何を諸々の海のように広い理法を摂る三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧を合わせ摂ることことができ、大海水のようである。これを諸々の海のように広い理法を摂る三昧と名づけるのである。
云何名遍覆空三昧。
住是三昧遍覆諸三昧如
空。是名遍覆空三昧。
何を遍く虚空を覆うという三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧を遍く覆うこと虚空のようである。これを遍く虚空を覆うという三昧と名づけるのである。
云何名金剛輪三昧。
住是三昧能持諸三昧分。是名金剛輪三昧。
何を金剛の輪という三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の分を保持することができる。これを金剛の輪という三昧と名づけるのである。
云何名斷寶三昧。
住是三昧斷諸三昧煩惱垢。
SAT版無『。』)是名斷寶三昧。
何を宝が断つ三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、諸々の三昧の煩悩の垢を断ずる。これを宝が断つ三昧と名づけるのである。
云何名能照三昧。
住是三昧能以光明顯照諸三昧。是名能照三昧。
何を照らすことができる三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、光明で諸々の三昧を顕かに照らすことができる。これを照らすことができる三昧と名づけるのである。
云何名不求三昧。
住是三昧無法可求。是名不求三昧。
何を求めない三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、求めるべき理法はない。これを求めない三昧と名づけるのである。
云何名無住三昧。
住是三昧中不見一切(住是一切三昧中不見ならん)法住。是名無住三昧。
何を留まらない三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、一切の三昧の中に事物の留まるのを見ない。これを留まらない三昧と名づけるのである。

云何名無心三昧。
住是三昧心心數法不行。是名無心三昧。

何を心を無にする三昧と名づけるのであろうか。
この三昧に留まれば、心・心にあるものを行じない。これを心を無にする三昧と名づけるのである。

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