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摩訶般若波羅蜜経問乗品第十八(丹本名為摩訶衍品)

一、ブッダ、六つの波羅蜜が菩薩の摩訶衍であることを説く

爾時須菩提白佛言。
世尊。何等是菩薩摩訶薩摩訶衍。
そのとき須菩提が仏に申し上げた。
「世尊。どんなものをこれが菩薩摩訶薩(ボーディサットヴァ:覚りを求める衆生+マハーサットヴァ:偉大な衆生)の摩訶衍
(マハーヤーナ、大乗)であるというのでしょうか。(本品及び第十九品に答える)
云何當知菩薩摩訶薩發趣大乘。
是乘發何處。是乘至何處。當住何處。誰當乘是乘出者。
菩薩摩訶薩が大きな乗り物に対し趣き発するということを、どのようにまさに知るべきであるというのでしょうか。第二十品に答える)
この乗り物は何れの場所に発し、この乗り物は何れの場所に至り、まさに何れの場所に留まるべきであり、誰がまさにこの乗り物に乗って出発するのでしょうか
第二十一品に答える)
佛告須菩提。
汝問何等是菩薩摩訶衍。
須菩提。六波羅蜜是菩薩摩訶薩摩訶衍。
仏は須菩提に次のように説いた。
「汝は、どんなものをこれが菩薩の摩訶衍というのかを質問した。
須菩提。六つの波羅蜜
(パーラミター:到彼岸、〜の超越)である。これが菩薩摩訶薩の摩訶衍である。
何等六。
檀那波羅蜜尸羅波羅蜜
提波羅蜜毘梨耶波羅蜜禪那波羅蜜般若波羅蜜。
何を六というのであろうか。
檀那
(ダーナ:布施)波羅蜜・尸羅(シーラ:持戒)波羅蜜・(クシャーンティ:忍辱)波羅蜜・毘梨耶(ヴィーリャ:精進)波羅蜜・禅那(ディヤーナ:三昧)波羅蜜・般若(プラジニャー:智慧)波羅蜜である。
云何名檀那波羅蜜。
須菩提。菩薩摩訶薩以應薩婆若心。
外所有布施共一切生迴向阿耨多羅三藐三菩提用無所得故。
須菩提。是名菩薩摩訶薩檀那波羅蜜。
何を檀那波羅蜜と名づけるのであろうか。
須菩提。菩薩摩訶薩は薩婆若(サルヴァジュニャーナ:一切智)に応ずる心で、内外にあらゆる布施を、一切の衆生と共に阿耨多羅三藐三菩提(アヌッタラサムャクサンボーディ:最上にして普遍的の覚り)に〈自分の功徳の果報を他に〉回し向ける。〈実体として〉認知するものがないからである。
須菩提。これを菩薩摩訶薩の檀那波羅蜜と名づけるのである。
云何名尸羅波羅蜜。
須菩提。菩薩摩訶薩以應薩婆若心。自行十善道亦教他行十善道。以無所得故。
是名菩薩摩訶薩尸羅波羅蜜。
何を尸羅波羅蜜と名づけるのであろうか。
須菩提。菩薩摩訶薩は薩婆若に応ずる心で、自ら十善道を行じ、また他に十善道を行じることを教える。〈実体として〉認知するものがないからである。
これを菩薩摩訶薩の尸羅波羅蜜と名づけるのである。
云何名提波羅蜜。
須菩提。菩薩摩訶薩以應薩婆若心。自具足忍辱亦教他行忍辱。以無所得故。
是名菩薩摩訶薩
提波羅蜜。
何を提波羅蜜と名づけるのであろうか。
須菩提。菩薩摩訶薩は薩婆若に応ずる心で、自ら忍辱を具足し、また他に忍辱を行じることを教える。〈実体として〉認知するものがないからである。
これを菩薩摩訶薩の
提波羅蜜と名づけるのである。
云何名毘梨耶波羅蜜。
須菩提。菩薩摩訶薩以應薩婆若心。行五波羅蜜懃修不息。亦安立一切
生於五波羅蜜。以無所得故。
是名菩薩摩訶薩毘梨耶波羅蜜。
何を毘梨耶波羅蜜と名づけるのであろうか。
須菩提。菩薩摩訶薩は薩婆若に応ずる心で、五つの波羅蜜を行じ懃修して休むことがない、また一切の衆生を五つの波羅蜜に安立させる。〈実体として〉認知するものがないからである。
これを菩薩摩訶薩の毘梨耶波羅蜜と名づけるのである。
云何名禪那波羅蜜。
須菩提。菩薩摩訶薩以應薩婆若心。自以方便入諸禪不隨禪生。亦教他令入諸禪。以無所得故。
是名菩薩摩訶薩禪那波羅蜜。
何を禅那波羅蜜と名づけるのであろうか。
須菩提。菩薩摩訶薩は薩婆若に応ずる心で、自ら方便によって諸々の禅に入り、禅に随って生ぜず、また他に教えて諸々の禅に入らしめる。〈実体として〉認知するものがないからである。
これを菩薩摩訶薩の禅那波羅蜜と名づけるのである。
云何名般若波羅蜜。
須菩提。菩薩摩訶薩以應薩婆若心。不著一切法亦觀一切法性。以無所得故。
何を般若波羅蜜と名づけるのであろうか。
須菩提。菩薩摩訶薩は薩婆若に応ずる心で、一切の事物に執着せず、また一切の事物の本性を観る。〈実体として〉認知するものがないからである。

亦教他不著一切法。亦觀一切法性。以無所得故。
是名菩薩摩訶薩般若波羅蜜。
須菩提。是為菩薩摩訶薩摩訶衍。

また他に一切の事物に執着しないことを、また一切の事物の本性を観ることを教える。〈実体として〉認知するものがないからである。
これが菩薩摩訶薩の般若波羅蜜である。
須菩提。これを菩薩摩訶薩の摩訶衍というのである。

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著作 アルキメデスの館