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摩訶般若波羅蜜経荘厳品第十七

五、スブーティ、菩薩摩訶薩の大荘厳は束縛も解脱もないことを説明する

爾時須菩提白佛言。
如我觀佛所
義。世尊。色無縛無。受想行識無縛無
そのとき須菩提が仏に申し上げた。
「私が仏の説く意義を考えてみますと、世尊、物質的存在に束縛はなく、解脱もありません。感覚・知覚・意志・意識に束縛はなく、解脱もありません」
爾時富樓那彌多羅尼子語須菩提。
色是無縛無
。受想行識是無縛無
そのとき富楼那弥多羅尼子(プールナマイトラーヤニープトラ)が須菩提に語らった。
「物質的存在には束縛はなく、解脱もないのだろうか。感覚・知覚・意志・意識には束縛はなく、解脱もないのだろうか」
須菩提言。
如是如是。色是無縛無
。受想行識是無縛無
須菩提がいった。
「そのとおり、そのとおり。物質的存在には束縛はなく、解脱もありません。感覚・知覚・意志・意識には束縛はなく、解脱もありません」
富樓那問須菩提。
何等色無縛無
。何等受想行識無縛無
富楼那が須菩提に質問した。
「物質的存在に束縛はなく、解脱もないとはどういうことだろうか。感覚・知覚・意志・意識に束縛はなく、解脱もないとはどういうことだろうか。」
須菩提言。
如夢色無縛無

如夢受想行識無縛無
須菩提がいった。
「夢のように物質的存在に束縛はなく、解脱もありません。
夢のように感覚・知覚・意志・意識に束縛はなく、解脱もありません。
如嚮ならん)如影如幻如如化。色受想行識無縛無 響きのように・影のように・幻のように・陽炎のように・変化のように、物質的存在・感覚・知覚・意志・意識に束縛はなく、解脱もありません。
富樓那彌多羅尼子。過去色無縛無。過去受想行識無縛無 富楼那弥多羅尼子。過去の物質的存在に束縛はなく、解脱もありません。過去の感覚・知覚・意志・意識に束縛はなく、解脱もありません。
未來色無縛無。未來受想行識無縛無 未来の物質的存在に束縛はなく、解脱もありません。未来の感覚・知覚・意志・意識に束縛はなく、解脱もありません。
現在色無縛無。現在受想行識無縛無 現在の物質的存在に束縛はなく、解脱もありません。現在の感覚・知覚・意志・意識に束縛はなく、解脱もありません。
何以故無縛無
是色無所有故。無縛無
。受想行識無所有故無縛無
束縛はなく、解脱もないのはどうしてでしょうか。
物質的存在はあるということがないから束縛はなく、解脱もありません。感覚・知覚・意志・意識はあるということがないから束縛はなく、解脱もありません。
離故寂滅故不生故無縛無 離れているから、寂滅しているから、生じていないから束縛はなく、解脱もありません。
富樓那。善色受想行識亦無縛無。不善色受想行識無縛無 富楼那。善の物質的存在・感覚・知覚・意志・意識にまた束縛はなく、解脱もありません。不善の物質的存在・感覚・知覚・意志・意識に束縛はなく、解脱もありません。
無記色無縛無無記受想行識無縛無 記されないことの物質的存在に束縛はなく、解脱もありません。記されないことの感覚・知覚・意志・意識に束縛はなく、解脱もありません。
世間出世間有漏無漏色無縛無。受想行識亦無縛無 俗世間の・世間を脱出した、煩悩のある・煩悩のない物質的存在に束縛はなく、解脱もありません。感覚・知覚・意志・意識にまた束縛はなく、解脱もありません。
何以故。
無所有故離故寂滅故不生故無縛無
なぜでしょうか。
あるということがないから、離れているから、寂滅しているから、生じていないから束縛はなく、解脱もないのです。
富樓那。一切法亦無縛無。無所有故離故寂滅故不生故無縛無 富楼那。一切の事物にもまた束縛はなく、解脱もありません。あるということがないから、離れているから、寂滅しているから、生じていないから束縛はなく、解脱もないのです。
富樓那。檀那波羅蜜無縛無。尸羅波羅蜜提波羅蜜毘梨耶波羅蜜禪那波羅蜜般若波羅蜜無縛無 富楼那。檀那波羅蜜に束縛はなく、解脱もありません。尸羅波羅蜜・提波羅蜜・毘梨耶波羅蜜・禅那波羅蜜・般若波羅蜜に束縛はなく、解脱もありません。
無所有故離故寂滅(欠『故』)不生故無縛無 あるということがないから、離れているから、寂滅しているから、生じていないから束縛はなく、解脱もないのです。
富樓那。空亦無縛無。乃至無法有法空亦無縛無 富楼那。内面の空にまた束縛はなく、解脱もありません。さらに存在せず存在する事物の空にまでまた束縛はなく、解脱もありません。
四念處無縛無。乃至十八不共法無縛無 四つの観行に束縛はなく、解脱もありません。さらに十八の〈仏以外には〉具わらない事物にまで束縛はなく、解脱もありません。
無所有故離故寂滅故不生故無縛無 あるということがないから、離れているから、寂滅しているから、生じていないから束縛はなく、解脱もないのです。
阿耨多羅三藐三菩提無縛無
一切智一切種智無縛無
阿耨多羅三藐三菩提に束縛はなく、解脱もありません。
一切智・一切種智に束縛はなく、解脱もありません。
菩薩無縛無
佛亦無縛無
菩薩に束縛はなく、解脱もありません。
仏にまた束縛はなく、解脱もありません。
無所有故離故寂滅故不生故無縛無 あるということがないから、離れているから、寂滅しているから、生じていないから束縛はなく、解脱もないのです。
富樓那。諸法如法相法性法住法位實際無為法無縛無 富楼那。諸々の事物のあるがままの実体・事物の姿かたち・固有の本性・事物の有るべき場所・事物の位置・究極的な真実・生滅変化しない事物に束縛はなく、解脱もありません。
無所有故離故寂滅故不生故無縛無
富樓那。是名菩薩摩訶薩無縛無
檀那波羅蜜。
あるということがないから、離れているから、寂滅しているから、生じていないから束縛はなく、解脱もないのです。
富楼那。これを菩薩摩訶薩の束縛なく解脱もない檀那波羅蜜と名づけるのです。
乃至般若波羅蜜四念處。乃至一切種智。無縛無
是菩薩摩訶薩住無縛無
檀那波羅蜜中。
さらに般若波羅蜜、四つの観行まで、さらに一切種智まで、束縛なく解脱もありません。
これを菩薩摩訶薩は束縛なく解脱のない檀那波羅蜜中に留まるというのです。
乃至住無縛無般若波羅蜜。住無縛無四念處。
乃至住無縛無
一切種智。
さらに束縛なく解脱のない般若波羅蜜に留まり、束縛なく解脱のない四つの観行にまで留まるのです。
さらに束縛なく解脱のない一切種智までに、
無縛無成就生。
無縛無
淨佛國土。
無縛無
諸佛當供養。
無縛無
當聽法。
束縛なく解脱もなく、衆生の成就に、
束縛なく解脱もなく、仏の国土の浄めに、
束縛なく解脱もなく、諸々の仏をまさに供養すべきに、
束縛なく解脱もなく、まさに法を聴くべきに、
無縛無諸佛終不離。
無縛無
諸神通終不離。
無縛無
五眼終不離。
無縛無
陀羅尼門終不離。
束縛なく解脱もなく、諸々の仏を最後まで離れないことに、
束縛なく解脱もなく、諸々の神通を最後まで離れないことに、
束縛なく解脱もなく、五眼を最後まで離れないことに、
束縛なく解脱もなく、陀羅尼門を最後まで離れないことに、
無縛無諸三昧門終不離。
無縛無
當生道種智。
無縛無
當得一切種智。
無縛無
法輪轉。
無縛無
脫眾生安立三乘。
束縛なく解脱もなく、諸々の三昧門を最後まで離れないことに、
束縛なく解脱もなく、まさに道種智(道の種別を知る智慧)を生ずべきに、
束縛なく解脱もなく、まさに一切種智を得るべきに、
束縛なく解脱もなく、法輪を転ずることに、
束縛なく解脱もなく、衆生を三乗に安立することに留まるのです。
如是富樓那。菩薩摩訶薩行無縛無六波羅蜜。
當知一切法無縛無
このように富楼那。菩薩摩訶薩は束縛がなく、解脱のない六波羅蜜を行じるのです。
まさに一切の事物に束縛はなく、解脱もないと知るべきです。
無所有故離故寂滅故不生故。
富樓那。是名菩薩摩訶薩無縛無
大莊嚴
あるということがないから、離れているから、寂滅しているから、生じていないから、
富楼那、これを菩薩摩訶薩の束縛がなく、解脱もない大荘厳と名づけるのです」

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