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摩訶般若波羅蜜経荘厳品第十七

二、ブッダ、菩薩摩訶薩の大荘厳は一切の衆生を教化することを説く

復次須菩提。菩薩摩訶薩大莊嚴。十方如恒河沙等國土中生隨其所應自變其身。住檀那波羅蜜乃至般若波羅蜜。亦教生令行檀那波羅蜜乃至般若波羅蜜。 また次に須菩提。菩薩摩訶薩の大荘厳とは、十方のガンジス川〈の沙〉ほどもある国土の中の衆生のその場所に従い、応じて自からその身に変じ、檀那波羅蜜から般若波羅蜜までに留まり、また衆生に教えて檀那波羅蜜から般若波羅蜜までを行わせるようなものである。
生行是法乃至阿耨多羅三藐三菩提終不離是法。 この衆生は、この理法から阿耨多羅三藐三菩提までを行じ、最後までこの理法を離れないのである。
須菩提。譬如工幻師若幻師弟子。於四衢道中化作生。教令行六波羅蜜餘如上
如是須菩提。是名菩薩摩訶薩大莊嚴。
須菩提。たとえばたくみな幻師もしくは幻師の弟子が、四方に延びる大通り中で化作して衆生を出し、教えて六波羅蜜を行わせるようなものである。その他も上に次のように説いたようなものである。
このように須菩提。これを菩薩摩訶薩の大荘厳と名づけるのである。
復次須菩提。菩薩摩訶薩大莊嚴。應薩婆若心不生是念。
我教若干人住檀那波羅蜜。不教若干人住檀那波羅蜜。
乃至般若波羅蜜亦如是。
また次に須菩提。菩薩摩訶薩の大荘厳は、薩婆若の心に応じて次のような思いを生じないのである。
『私は若干の人には教えて檀那波羅蜜に留まらせ、若干の人には教えて檀那波羅蜜に留まらせまい、
さらに般若波羅蜜までもまた同じようである』
不生是念。
我教若干人住四念處。不教若干人住四念處。
乃至十八不共法亦如是。
次のような思いも生じない。
『私は若干の人には教えて四つの観行に留まらせ、若干の人には教えて四つの観行に留まらせまい、
さらに十八の〈仏以外には〉具わらない事物までもまた同じようである』
亦不生是念。
我教若干人令得須陀
果斯陀含果阿那含果阿羅漢果辟支佛道一切種智。亦不教若干人令得須陀果乃至一切種智。
また次のような思いも生じない。
『私は若干の人には教えて須陀
(スロータアーパンナ、小乗仏教修行の第一の階梯)果・斯陀含果(サクリダーガーミー、第二の階梯)・阿那含(アナーガーミー、第三の階梯)果・阿羅漢(アルハン、最高位)果・辟支仏(プラティエーカ・ブッダ、独力で悟りながら他人に説かない小乗の聖者)道・一切種智(一切空なるがゆえに平等・無差別であることを知りながら現象の諸相の種別を見極める智慧)を得させ、また若干の人には教えて須陀果から一切種智までを得させまい。
我當令無量無邊阿僧祇生。住檀那波羅蜜乃至般若波羅蜜。立生於四念處乃至十八不共法。令無量無邊阿僧祇生得須陀果乃至一切種智。餘如上 私はまさに無量・無辺の阿僧祇(アサンキャー:数えられないほどの大数)の衆生に、檀那波羅蜜から般若波羅蜜までに留まらせ、衆生を四つの観行から十八の〈仏以外には〉具わらない事物までに立たせ、無量無辺阿僧祇の衆生に須陀果から一切種智までを得させるべきである』
譬如工幻師若幻師弟子。於四衢道中化作大。教令行六波羅蜜乃至得一切種智。
須菩提。是名菩薩摩訶薩大莊嚴。
たとえばたくみな幻師もしくは幻師の弟子が、四方に延びる大通り中で化作して衆生を出し、教えて六波羅蜜を行わせ、さらに一切種智までを得させるようなものである。その他も上に次のように説いたようなものである。
須菩提。これを菩薩摩訶薩の大荘厳と名づけるのである」

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著作 アルキメデスの館