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摩訶般若波羅蜜経弁才品第十五(丹本名為富楼那品)

二、プールナマイトラーヤニープトラ、檀那波羅蜜を行じるときの大誓荘厳を説く

復次舍利弗。菩薩摩訶薩行檀那波羅蜜時。所有布施應薩婆若心。共一切生迴向阿耨多羅三藐三菩提。
舍利弗。是名菩薩摩訶薩行檀那波羅蜜時檀那波羅蜜大誓莊嚴。
また次に舎利弗。菩薩摩訶薩が檀那波羅蜜を行じるときの、あらゆる薩婆若(サルヴァジュニャーナ、一切智)に応じる心で布施し、一切の衆生と共に阿耨多羅三藐三菩提に迴向します。
舎利弗。これを菩薩摩訶薩が檀那波羅蜜を行じるときの、檀那波羅蜜の大誓荘厳と名づけるのです。
復次舍利弗。菩薩摩訶薩行檀那波羅蜜時。應薩婆若心布施。不向聲聞辟支佛地。
舍利弗。是名菩薩摩訶薩行檀那波羅蜜時尸羅波羅蜜
SAT版有『。』)大誓莊嚴。
また次に舎利弗。菩薩摩訶薩が檀那波羅蜜を行じるとき、薩婆若に応じる心で布施し、声聞・辟支仏の境地に向かいません。
舎利弗。これを菩薩摩訶薩が檀那波羅蜜を行じるときの、尸羅波羅蜜の大誓荘厳と名づけるのです。
復次舍利弗。菩薩摩訶薩行檀那波羅蜜時。應薩婆若心布施。是諸施法信忍欲。
是名行檀那波羅蜜時
提波羅蜜大誓莊嚴。
また次に舎利弗。菩薩摩訶薩が檀那波羅蜜を行じるとき、薩婆若に応じる心で布施し、この諸々の施法を信じ、忍び、欲します。
これを檀那波羅蜜を行じるときの
提波羅蜜の大誓荘厳と名づけるのです。
復次舍利弗。菩薩摩訶薩行檀那波羅蜜時。應薩婆若心布施懃修不息。
是名行檀那波羅蜜時毘梨耶波羅蜜大誓莊嚴。
また次に舎利弗。菩薩摩訶薩が檀那波羅蜜を行じるとき、薩婆若に応じる心で布施し、ねんごろに修して休むことがありません。
これを檀那波羅蜜を行じるときの、毘梨耶波羅蜜の大誓荘厳と名づけるのです。
復次舍利弗。菩薩摩訶薩行檀那波羅蜜時。應薩婆若心布施。攝心不起聲聞辟支佛意。
是名行檀那波羅蜜時禪那波羅蜜
SAT版有『。』)大誓莊嚴。
また次に舎利弗。菩薩摩訶薩が檀那波羅蜜を行じるとき、薩婆若に応じる心で布施し、心をおさめとって声聞・辟支仏の心を起こしません。
これを檀那波羅蜜を行じるときの、禅那波羅蜜の大誓荘厳と名づけるのです。
復次舍利弗。菩薩摩訶薩行檀那波羅蜜時。應薩婆若心布施。觀諸法如幻。不得施者。不得所施物。不得受者。
是名行檀那波羅蜜時般若波羅蜜大誓莊嚴。
また次に舎利弗。菩薩摩訶薩が檀那波羅蜜を行じるとき、薩婆若に応じる心で布施し、諸々の事物を幻のようだと観じて、施す人を〈実体として〉認知せず、施される物を〈実体として〉認知せず、受ける者を〈実体として〉認知しません。
これを檀那波羅蜜を行じるときの、般若波羅蜜の大誓荘厳と名づけるのです。
如是舍利弗。菩薩摩訶薩應薩婆若心。不取不得諸波羅蜜相。
當知是菩薩摩訶薩大誓莊嚴。
以上のように舎利弗。菩薩摩訶薩が薩婆若に応じる心で、諸々の波羅蜜の姿かたちを取らず、〈実体として〉認知しなければ、
まさに知るべきです、これが菩薩摩訶薩の大誓荘厳であると。

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著作 アルキメデスの館