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摩訶般若波羅蜜経金剛品第十三(丹本云摩訶薩品)

二、ブッダ、摩訶薩はさらに諸々の心を生じて最上位者になると説く

復次須菩提。菩薩摩訶薩生大快心。
住是大快心中。為必定
作上首。
また次に須菩提。菩薩摩訶薩は大快心を生じ、
この大快心の中に留まり、必定衆のために最上位者となるのである」
須菩提白佛言。
世尊。何等是菩薩摩訶薩大快心。
須菩提が仏に申し上げた。
「世尊。この菩薩摩訶薩の大快心とはどのようなものでしょうか」
佛言。
菩薩摩訶薩從初發意乃至阿耨多羅三藐三菩提。
不生染心瞋恚心愚癡心。
不生慢心。
不生聲聞辟支佛心。
仏が言った。
「菩薩摩訶薩は最初に覚りへ発意したときから阿耨多羅三藐三菩提までの間、
〈煩悩に〉染まった心・怒りの心・愚かな心を生ぜず、
うぬぼれの心を生ぜず、
声聞
(聞いて理法を悟った小乗の聖者)・辟支仏(プラティエーカ・ブッダ、独力で悟りながら他人に説かない小乗の聖者)の心を生じない。
是名菩薩摩訶薩大快心。
住是心中為必定
作上首。亦不念有是心。
これを菩薩摩訶薩の大快心と名づけるのである。
この心の中に留まり、必定衆のために最上位者となり、またこの心があると思わないのである。
復次須菩提。菩薩摩訶薩應生不動心。
須菩提白佛言。
云何名不動心。
また次に須菩提。菩薩摩訶薩はまさに不動の心を生じるべきである」
須菩提が仏に申し上げた。
「何を不動の心と名づけるのでしょうか」
佛言。
常念一切種智心。亦不念有是心。
是名菩薩摩訶薩不動心。
仏が言った。
「常に一切種智
(一切空なるがゆえに平等・無差別であることを知りながら現象の諸相の種別を見極める智慧)の心を思い、またこの心があると思わない。
これを菩薩摩訶薩の不動の心と名づけるのである。
復次須菩提。菩薩摩訶薩於一切生中。應生利益安樂心。
云何名利益安樂心。
また次に須菩提。菩薩摩訶薩は一切の衆生の中で、まさに利益・安楽の心を生じるべきである」
「何を利益・安楽の心と名づけるのでしょうか」
救濟一切生。不捨一切生。是事亦不念有是心。
是名菩薩摩訶薩於一切
生中生利益安樂心。
「一切の衆生を救済し、一切の衆生を捨てず。これがあっても、またこの心があると思わない。
これを菩薩摩訶薩が一切の衆生の中で利益・安楽心を生じると名づけるのである。
如是須菩提。是菩薩摩訶薩行般若波羅蜜。於必定中最為上首。
このように須菩提。この菩薩摩訶薩は般若波羅蜜を行じて、必定衆の中で最も最上位の者となるのである。
復次須菩提。菩薩摩訶薩應當行(生ならん)欲法喜法樂法心。
また次に須菩提。菩薩摩訶薩はまさに理法を欲し、理法を喜び、理法を楽しむ心を生じるべきである」
何等是法。
所謂不破諸法實相。
是名為法。
「この理法とはどのようなものでしょうか」
「いわゆる諸々の事物の実際の姿かたちを破らない。
これを理法と名づけるのである」
何等名欲法喜法。
信法忍法受法。
是名欲法喜法。
「何を理法を欲し、理法を喜ぶと名づけるのでしょうか」
「理法を信じ、理法を忍び、理法を受ける。
これ理法を欲し、理法を喜ぶと名づけるのである」
何等名樂法。
常修行是法
是名樂法。
「何を理法を楽しむと名づけるのでしょうか」
「常にこの理法を修行する、
これを理法を楽しむと名づけるのである。
如是須菩提。菩薩摩訶薩行般若波羅蜜。於必定中能為上首。
是法用無所得故。
このように須菩提。菩薩摩訶薩は般若波羅蜜を行じ、必定衆の中で最上位者となることができるのである。
この理法は〈実体として〉認知することがないからである。

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著作 アルキメデスの館