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摩訶般若波羅蜜経句義品第十二

三、ブッダ、世間の善である事物・善でない事物とは何かを説く

須菩提白佛言。
世尊。何等是一切法。云何一切法中無
相應學應知。
須菩提は仏に申し上げた。
「世尊。一切の事物とは、どのようなものなのでしょうか。一切の事物の中の礙るもののない姿かたちに応じて学ぶべきであり、応じて知るべきであるとはどういうことでしょうか」
佛告須菩提。
一切法者善法不善法。
記法無記法。
世間法出世間法。
有漏法無漏法。
有為法無為法。
共法不共法。
仏は須菩提に次のように説いた。
「一切の事物とは善である事物・善でない事物、
〈善・不善の〉記される事物・〈善・不善の〉記されない事物、
世間の事物・世間を脱出した事物、
煩悩のある事物・煩悩のない事物、
因縁によって生滅変化する事物・生滅変化しない事物、
〈世間と〉共にする事物・〈世間と〉共にしない事物である。
須菩提。是名一切法。
菩薩摩訶薩是一切法無閡相中應學應知。
須菩提。これを一切の事物と名づけるのである。
菩薩摩訶薩は、この一切の事物の、妨げるもののない姿かたちの中に応じて学ぶべきであり、応じて知るべきである」
須菩提白佛言。
世尊。何等名世間善法。
須菩提は仏に申し上げた。
「世尊。どのようなものを世間の善である事物と名づけるのでしょうか」
佛告須菩提。
世間善法者。
孝順父母。
供養沙門婆羅門。
仏は須菩提に次のように説いた。
「世間の世間の善である事物とは、
父母に孝行で柔順であること、
沙門
(シュラマナ、出家行者)・婆羅門(バラモン)に供養すること、
敬事尊長。
布施福處。
持戒福處。
修禪福處。
勸導福事。
方便生福コ。
尊長に慎んで仕えること、
布施の〈果報としての〉福処、
持戒の〈果報としての〉福処、
修禅の〈果報としての〉福処、
福事の勧導、
方便の生みだす福徳、
世間十善道。
九相。脹相血相
壞相膿爛相青相
噉相散相骨相
SAT版『。』有)相。
世間でいう十の善道、
九つの屍の観想、『腫れる姿かたち・血にまみれる姿かたち・
壊れる姿かたち・膿み爛れ腐る姿かたち・青く変化する姿かたち・
鳥獣が喰らう姿かたち・散じる姿かたち・骨のみとなる姿かたち・
焼かれ灰に帰る姿かたち』、
四禪
四無量心
四無色定。
四つの禅(第一禅〜第四禅)
四つの限りのない心
(慈・悲・喜・捨)
四つの物質的存在のないことの瞑想
(空無辺処・識無辺処・無所有処・非想非非想処)
念佛念法念僧
念戒念捨念天。
念善念安般
念身念死。
是名世間善法。
『ブッダを念ずる・ブッダの教えを念ずる・教団を念ずる・
戒めを念ずる・捨を念ずる・天を念ずる、
善を念ずる・安般
(アーナーパーナスムリティ、入出する息)を念ずる・
身を念ずる・死を念ずる』
(十念)
これを世間の善である事物と名づけるのである。
何等不善法。
奪他命不與取邪婬
妄語兩舌惡口
非時語貪惱害邪見。
是十不善道等。
是名不善法。
どのようなものが善でない事物なのであろうか。
他の命を奪うこと・与えず取ること・人道にはずれて性交すること・
嘘をつくこと・異なることを他の人にいうこと・荒々しく罵ること・
言葉巧みに飾り偽ること・貪ること・悩ませ害すること・
道理に外れて考えること、
この十の不善道等である。
これを善でない事物と名づけるのである。

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著作 アルキメデスの館