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摩訶般若波羅蜜経幻学品第十一(丹本云幻人品)

七、ブッダ、菩薩摩訶薩の悪知識の所業について説く

須菩提。菩薩摩訶薩復有惡知識。不魔事不魔罪不作是言。
須菩提。菩薩摩訶薩にはまた悪知識があり、魔事であると説かず、魔罪であると説かず、次のようにいうことがないのである。
惡魔作佛形像來。教菩薩離六波羅蜜。語菩薩言。
善男子。用修般若波羅蜜為。
用修禪那波羅蜜毘梨耶波羅蜜
提波羅蜜尸羅波羅蜜檀那波羅蜜為。
悪魔が仏の姿となって来て、菩薩に六波羅蜜を離れることを教え、菩薩に次のように語るとしよう、
『善男子。般若波羅蜜を修することは役に立つことがあり、
禅那波羅蜜・毘梨耶波羅蜜・
提波羅蜜・尸羅波羅蜜・檀那波羅蜜為を修するのは役に立つのでしょうか』
當知是菩薩摩訶薩惡知識。 まさに知るべきである、これが菩薩摩訶薩の悪知識である。
復次須菩提。惡魔復作佛形像到菩薩所。為聲聞經。若修路乃至憂波提舍。 また次に須菩提。悪魔がまた仏の姿となって菩薩の所にやって来て、声聞の経、例えば修(スートラ、経典)あるいは憂波提舎(ウパデーシャ、論議経)を説く。
教詔分別演如是經。不魔事魔罪。
當知是菩薩摩訶薩惡知識。
このような経を教え・分別し・演説するのは、魔事・魔罪であると説くことをしない。
まさに知るべきである、これが菩薩摩訶薩の悪知識である。
復次須菩提。惡魔作佛形像到菩薩所作是語。
善男子。汝無真菩薩心。亦非阿惟越致地。
汝亦不能得阿耨多羅三藐三菩提。
また次に須菩提。悪魔が仏の姿となって菩薩の所にやって来て、次のように言うとしよう、
『善男子。汝は真の菩薩の心がなく、また阿惟越致
(アヴァィヴァルティ、菩薩の不退転の位)境地でもなく、
汝はまた阿耨多羅三藐三菩提を得ることはできないでしょう』
不為如是魔事魔罪。
當知是菩薩惡知識。
このようなことは魔事・魔罪であると説くことをしない。
まさに知るべきである、これが菩薩の悪知識である。
復次須菩提。惡魔作佛形像到菩薩所語菩薩言。
善男子。色空無我無我所受想行識空無我無我所。
また次に須菩提。悪魔が仏の姿となって菩薩の所にやって来て、菩薩に次のように言うとしよう、
『善男子。物質的存在は空であり自我はなく、自分のある所はなく、感覚・知覚・意志・意識は空であり自我はなく、自分のある所はない。
眼空無我無我所。乃至意觸因生受空無我無我所。
檀那波羅蜜空乃至般若波羅蜜空。
四念處空。乃至十八不共法空。
汝用阿耨多羅三藐三菩提為。
眼は空であり自我はなく、自分のある所はなく、さらには心による認知から生ずる感覚は空であり自我はなく、自分のある所はない。
檀那波羅蜜は空さらには般若波羅蜜は空、
四つの観行は空。さらには十八の〈仏以外には〉具わらない事物は空である。
汝、阿耨多羅三藐三菩提が役に立つのでしょうか』
如是魔事魔罪不不教。
當知是菩薩惡知識。
このようなことは魔事・魔罪であると説かず、教えない。
まさに知るべきである、これが菩薩の悪知識である。
復次須菩提。惡魔作辟支佛身到菩薩所語菩薩言。
善男子。十方皆空是中無佛無菩薩無聲聞。
また次に須菩提。悪魔は辟支仏の身体となって菩薩の所にやって来て、菩薩次のように言ったとしよう、
『善男子。十方はみな空であり、この中に仏はなく、菩薩もなく、声聞もありません』
如是魔事魔罪不不教。
當知是菩薩摩訶薩惡知識。
このようなことは魔事・魔罪であると説かず、教えない。
まさに知るべきである、これが菩薩摩訶薩の悪知識である。
復次須菩提。惡魔作和上阿闍梨身來到菩薩所。
教離菩薩道。
教離一切種智。
教離四念處乃至八聖道分。
教離檀那波羅蜜。
また次に須菩提。悪魔は和上(ウパドヤーヤ、授戒師)阿闍梨(アーチャールャ、軌範師)の身体となって菩薩の所にやって来て、
菩薩の道を離れることを教え、
一切種智を離れることを教え、
四つの観行から八つの正しい道までを離れることを教え、
檀那波羅蜜を離れることを教え、
乃至教離十八不共法。
教入空無相無作。作是言。
善男子。汝修念是諸法得聲聞證。用阿耨多羅三藐三菩提為。
さらには十八の〈仏以外には〉具わらない事物までを離れることを教え、
空・姿かたちのないこと・作為されたものはないこと、に入ることを教え、次のように言ったとしよう、
『善男子。汝はこの諸々の理法を修念し、声聞の証を得なさい。阿耨多羅三藐三菩提が役に立つのでしょうか』
如是魔事魔罪不不教。
當知是菩薩惡知識。
このようなことは魔事・魔罪であると説かず、教えない。
まさに知るべきである、これが菩薩の悪知識である。
復次須菩提。惡魔作父母形像到菩薩所語菩薩言。
子汝為須陀
果證故懃精進。
乃至阿羅漢果證故懃精進。
また次に須菩提。悪魔が父母の姿となって菩薩の所にやって来て、菩薩に次のように言ったとしよう、
『子よ、汝は須陀
果の証を得るために懃め、精進すべきです。
さらには阿羅漢果の証を得るために懃め、精進すべきです。
汝用阿耨多羅三藐三菩提為。
求阿耨多羅三藐三菩提。當受無量阿僧祇劫生死截手截
受諸苦痛。
汝は阿耨多羅三藐三菩提が役に立つのでしょうか。
阿耨多羅三藐三菩提を求めれば、まさに無量の阿僧祇劫の生死を受け、手を截ち、脚を截ち、諸々の苦痛を受けることになるでしょう』
如是魔事魔罪不不教。
當知是菩薩惡知識。
このようなことは魔事・魔罪であると説かず、教えない。
まさに知るべきである、これが菩薩の悪知識である。
復次須菩提。惡魔作比丘形像到菩薩所語菩薩言。
眼無常可得法。乃至意無常可得法。
また次に須菩提。悪魔が比丘の姿となって菩薩の所にやって来て、菩薩に次のように言ったとしよう、
『眼が恒常でないということは〈実体として〉認知できる理法であり、あるいは心が恒常でないということは〈実体として〉認知できる理法なのです』
眼苦眼無我眼空。無相無作寂滅離可得法。乃至意亦如是。
用有所得法
四念處。
乃至用有所得法
十八不共法。
眼の苦、眼の無自我、眼の空・姿かたちのないこと・作為されたものはないこと、寂滅、離脱も〈実体として〉認知できる理法であると説く。さらには心までもまた同じようである。
〈実体として〉認知できるという理法によって四つの観行を説き、
さらには〈実体として〉認知できるという理法によって十八の〈仏以外には〉具わらない事物までを説く。

須菩提。如是魔事魔罪不不教。
當知是菩薩惡知識。
知已當遠離之

須菩提。このようなことは魔事・魔罪であると説かず、教えない。
まさに知るべきである、これが菩薩の悪知識である。
知ったのなら、まさにこれを遠ざけ離すべきである」

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著作 アルキメデスの館