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摩訶般若波羅蜜経幻学品第十一(丹本云幻人品)

五、ブッダ、菩薩摩訶薩の善知識について説く

須菩提白佛言。
世尊。何等是菩薩摩訶薩善知識守護故。聞
是般若波羅蜜不驚不畏不怖。
須菩提は仏に次のように申し上げた。
「世尊。菩薩摩訶薩は、善知識が守護するから、この般若波羅蜜が説かれるのを聞いて驚かず、畏れず、怖がらないとはどういうことなのでしょうか」
佛告須菩提。
菩薩摩訶薩善知識者。
色無常亦不可得。
持是善根不向聲聞辟支佛道。 但向一切智。
是名菩薩摩訶薩善知識。
仏が須菩提に次のように説いた。
「菩薩摩訶薩の善知識というものは、
物質的存在は恒常でなく、また〈実体として〉認知できないと説き、
この善根を持って、声聞・辟支仏道に向かわせずに、
ただ一切智に向かわせる。
これを菩薩摩訶薩の善知識と名づけるのである。
受想行識無常亦不可得。
持是善根不向聲聞辟支佛道。但向一切智。
是名菩薩摩訶薩善知識。
感覚・知覚・意志・意識が恒常でなく、また〈実体として〉認知できないと説き、
この善根を持って、声聞・辟支仏道に向かわせずに、
ただ一切智に向かわせる。
これを菩薩摩訶薩の善知識と名づけるのである。
須菩提。菩薩摩訶薩復有善知識。
色苦亦不可得。
受想行識苦亦不可得。
色無我受想行識無我亦不可得。
須菩提。菩薩摩訶薩にまた善知識があって、
物質的存在が苦であり、また〈実体として〉認知できないと説き、
感覚・知覚・意志・意識が苦であり、また〈実体として〉認知できないと説き、
物質的存在が無自我、感覚・知覚・意志・意識が無自我であり、また〈実体として〉認知できないと説き、
色空無相無作寂滅離亦不可得。
受想行識空無相無作寂滅離亦不可得。
物質的存在が空・姿かたちがなく・作為されたものでなく・寂滅しており・離脱しているものであり、また〈実体として〉認知できず、
感覚・知覚・意志・意識が空・姿かたちがなく・作為されたものでなく・寂滅し・離脱しており、また〈実体として〉認知できないと説き、

持是善根不向聲聞辟支佛道。
但向一切智。
須菩提。是名菩薩摩訶薩善知識。

この善根を持って、声聞・辟支仏道に向かわせずに、
ただ一切智に向かわせる。
須菩提。これを菩薩摩訶薩の善知識と名づけるのである。
須菩提。菩薩摩訶薩復有善知識。
眼無常乃至離亦不可得。
乃至意觸因
生受。無常乃至離亦不可得。
須菩提。菩薩摩訶薩にまた善知識があって、
眼が恒常でなく、さらには離脱までもまた〈実体として〉認知できないと説き、
さらには心による認知から生ずる感覚が恒常でなく、さらには離脱もまた〈実体として〉認知できないと説き、
持是善根不向聲聞辟支佛道。但向一切智。
是名菩薩摩訶薩善知識。
この善根を持って、声聞・辟支仏道に向かわせずに、
ただ一切智に向かわせる。
これを菩薩摩訶薩の善知識と名づけるのである。
須菩提。菩薩摩訶薩復有善知識。
修四念處法乃至離亦不可得。
須菩提。菩薩摩訶薩にまた善知識があって、
四つの観行法を修するに、さらには離脱もまた〈実体として〉認知できないと説き、
持是善根不向聲聞辟支佛道。但向一切智。
須菩提是名菩薩摩訶薩善知識。
この善根を持って、声聞・辟支仏道に向かわせずに、
ただ一切智に向かわせる。
須菩提、これを菩薩摩訶薩の善知識と名づけるのである。
乃至修十八不共法。修一切智亦不可得。 さらには十八の〈仏以外には〉具わらない事物を修し、一切智を修するに、また〈実体として〉認知できないと説き、

持是善根不向聲聞辟支佛道。但向一切智。
是名菩薩摩訶薩善知識。

この善根を持って、声聞・辟支仏道に向かわせずに、
ただ一切智に向かわせる。
これを菩薩摩訶薩の善知識と名づけるのである」

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著作 アルキメデスの館