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摩訶般若波羅蜜経幻学品第十一(丹本云幻人品)

二、ブッダ、幻の人と菩薩は異なることがないことを明らかにする

佛告須菩提。
於汝意云何。幻有垢有淨不。
不也世尊。
須菩提。於汝意云何。幻有生有滅不。
仏が須菩提に次のように説いた。
「汝はどう思うか。幻は垢つくことがあるであろうか、浄まることがあるであろうか」
「ありません、世尊」
「須菩提。汝はどう思うか。幻は生ずることがあるであろうか、滅することがあるであろうか」
不也世尊。
若幻(法ならん)不生不滅。是法能學般若波羅蜜當得薩婆若不。
不也世尊。
「ありません、世尊」
「例えば事物が生ずることがなく滅することがないのであれば、この事物は般若波羅蜜を学ぶことができ、まさに薩婆若を得るであろうか」
「ありません、世尊」
於汝意云何。五受蔭假名是菩薩不。
如是世尊。
於汝意云何。五受蔭假名有生滅垢淨不。
不也世尊。
「汝はどう思うか。人間を形成する五つの要素という仮の名が、これこそ菩薩であるだろうか」
「そのとおりです、世尊」
「汝はどう思うか。人間を形成する五つの要素という仮の名が生ずること・滅すること・垢つくこと・浄まることがあるであろうか」
「ありません、世尊」
於汝意云何。若法但有名字。
非身非身業。非口非口業。非意非意業。
不生不滅不垢不淨。
如是法能學般若波羅蜜得薩婆若不。
「汝はどう思うか。例えば事物は、ただ名と字があって、
身ではなく・身体による行いではなく、口ではなく・口による行いではなく、心ではなく・心による行いではなく、
生じることなく、滅することなく、垢つくことなく、浄まることがないのであれば、
このような事物は般若波羅蜜を学ぶことができ、薩婆若を得るであろうか」
不也世尊。
菩薩摩訶薩若能如是學般若波羅蜜。當得薩婆若。以無所得故。

「ありません、世尊」
「菩薩摩訶薩が、例えばこのように般若波羅蜜を学ぶことができれば、まさに薩婆若を得るであろう。〈実体として〉認知するものはないからである」

須菩提白佛言。
世尊。菩薩摩訶薩應如是學般若波羅蜜。得阿耨多羅三藐三菩提如幻人學。
何以故。
世尊。當知五蔭即是幻人。幻人即是五蔭。
須菩提は、仏に次のように申し上げた。
「世尊。菩薩摩訶薩がまさにこのように般若波羅蜜を学べば、阿耨多羅三藐三菩提を得るでしょう。幻の人が学ぶようにです。
なぜでしょうか。
世尊。まさに知るべきです、人間を構成する五つの要素はそのままで幻の人であり、幻の人はそのままで人間を構成する五つの要素だからです」
佛告須菩提。
於汝意云何。是五蔭學般若波羅蜜當得薩婆若不。
不也世尊。
何以故。
是五蔭性無所有。無所有性亦不可得。
仏が須菩提に次のように説いた。
「汝はどう思うか。この人間を構成する五つの要素が般若波羅蜜を学べば、まさに薩婆若を得るであろうか」
「ありません、世尊。
なぜでしょうか。
この人間を構成する五つの要素の本性はあるということがなく、あるということがない本性はまた〈実体として〉認知できないからです」
佛告須菩提。
於汝意云何。如夢五蔭學般若波羅蜜。當得薩婆若不。
不也世尊。
何以故。
夢性無所有。無所有性亦不可得。
仏が須菩提に次のように説いた。
「汝はどう思うか。夢であるような人間を構成する五つの要素が般若波羅蜜を学べば、まさに薩婆若を得るであろうか」
「ありません、世尊。
なぜでしょうか。
夢の本性はあるということがなく、あるということがない本性ははまた〈実体として〉認知できないからです」
於汝意云何。如ならん)如影如如化五蔭。學般若波羅蜜SAT版『。』有)當得薩婆若不。 「汝はどう思うか。響きのような・影のような・陽炎のような・変化のような人間を構成する五つの要素が般若波羅蜜を学べば、まさに薩婆若を得るであろうか」

不也世尊。
何以故。
ならん)化性無所有無所有性亦不可得。
六情亦如是
世尊。五蔭即是六情六情即是五蔭。
如是法皆
空故不可得。乃至無法有法空故不可得。

「ありません、世尊。
なぜでしょうか。
響き・影・陽炎・変化の本性はあるということがなく、あるということがない本性はまた〈実体として〉認知できないからです。
六情
(喜、怒、哀、楽、愛、悪)もまた同じようです。
世尊。人間を構成する五つの要素はそのままで六情、六情はそのままで人間を構成する五つの要素です。
このような事物はみな内面は空ですから〈実体として〉認知できず、さらには存在せず存在するものまでも空ですから〈実体として〉認知できません」

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著作 アルキメデスの館