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摩訶般若波羅蜜経相行品第十(行相品ならん)

六、ブッダ、菩薩摩訶薩は般若波羅蜜を学ばなければ一切智を認知しないことを説く

舍利弗白佛言。
世尊。菩薩摩訶薩作如是學。 亦不學般若波羅蜜不得薩婆若。
舍利弗が仏に申し上げた。
「世尊。菩薩摩訶薩がこのように学ぼうとしても、また般若波羅蜜を学ばなければ、薩婆若
(サルヴァジュニャーナ、一切智)を〈実体として〉認知しないのでしょうか」
佛語舍利弗。
菩薩摩訶薩作如是學。亦不學般若波羅蜜。不得薩婆若。
仏が舎利弗に語った。
「菩薩摩訶薩はこのように学ぼうとしても、また般若波羅蜜を学ばなければ、薩婆若を〈実体として〉認知しないのである」
舍利弗白佛言。
世尊。何以故。菩薩摩訶薩亦不學般若波羅蜜。不得薩婆若。
舍利弗が仏に申し上げた。
「世尊。どういうわけで、また般若波羅蜜を学ばなければ、薩婆若を〈実体として〉認知しないのでしょうか」
佛告舍利弗。
菩薩摩訶薩無方便故。想念分別著般若波羅蜜。
著禪那波羅蜜毘梨耶波羅蜜
提波羅蜜尸羅波羅蜜檀那波羅蜜。乃至十八不共法一切種智。
想念分別著。
仏が舍利弗に次のように説いた。
「菩薩摩訶薩は方便がないために、想念・分別して般若波羅蜜に執着し、
禅那波羅蜜・毘梨耶波羅蜜・
提波羅蜜・尸羅波羅蜜・檀那波羅蜜、さらには十八の〈仏以外には〉具わらない事物・一切種智(一切空なるがゆえに平等・無差別であることを知りながら現象の諸相の種別を見極める智慧)までに執着し、
想念・分別して執着するのである。
以是因故。菩薩摩訶薩如是學。亦不學般若波羅蜜。不得薩婆若。 こういうわけで、菩薩摩訶薩がこのように学んでも、また般若波羅蜜を学ばなければ、薩婆若を〈実体として〉認知しないのである」
舍利弗白佛言。
世尊。若菩薩摩訶薩如是學。 不學般若波羅蜜。不得薩婆若。
舍利弗が仏に申し上げた。
「世尊。もし菩薩摩訶薩がこのように学んでも、般若波羅蜜を学ばなければ、薩婆若を〈実体として〉認知しないのでしょうか」
佛告舍利弗。
菩薩摩訶薩如是學。不學般若波羅蜜不得薩婆若。
仏が舍利弗に次のように説いた。
「菩薩摩訶薩がこのように学んでも、般若波羅蜜を学ばなければ、薩婆若を〈実体として〉認知しないのである」
舍利弗白佛言。
世尊。菩薩摩訶薩今云何應學般若波羅蜜得薩婆若。
舍利弗が仏に申し上げた。
「世尊、では菩薩摩訶薩がまさに般若波羅蜜を学び薩婆若を〈実体として〉認知するとはどういうことでしょうか」
佛告舍利弗。
若菩薩摩訶薩學般若波羅蜜時。不見般若波羅蜜。
舍利弗。菩薩摩訶薩如是學般若波羅蜜得薩婆若。以不可得故。
仏が舍利弗に次のように説いた。
「もし菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を学ぶとき、般若波羅蜜を見ない。
舎利弗、菩薩摩訶薩がこのように般若波羅蜜を学べば、薩婆若を〈実体として〉認知する。〈般若波羅蜜は実体として〉認知することができないからである」
舍利弗白佛言。
世尊。云何名不可得。
佛言。
諸法
空乃至無法有法空故
舍利弗が仏に申し上げた。
「世尊。〈実体として〉認知することができないというのはどういうことでしょうか」
仏が言った。
「諸々の事物は、内面は空であり、さらには存在せず存在するものまでも空だからである」

摩訶般若經卷第三

摩訶般若経巻第三

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著作 アルキメデスの館