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摩訶般若波羅蜜経相行品第十(行相品ならん)

三、スブーティ、阿耨多羅三藐三菩提を得たことを自覚する三昧を説く

舍利弗言。
但不離是三昧。令菩薩摩訶薩疾得阿耨多羅三藐三菩提。更有餘三昧。
舎利弗が言った。
「ただこの三昧を行じて離れることがなければ、菩薩摩訶薩はすみやかに阿耨多羅三藐三菩提を得たことを自覚できるのでしょうか、さらにこのほかにも色々な三昧があるのでしょうか」
須菩提語舍利弗言。
更有諸三昧。菩薩摩訶薩行是三昧。疾得阿耨多羅三藐三菩提。
須菩提が、舎利弗に説明した。
「さらにこのほかにも色々な三昧があって、菩薩摩訶薩はこの三昧を行じ、すみやかに阿耨多羅三藐三菩提を得たことを自覚するでしょう」
舍利弗言。
何等三昧菩薩摩訶薩行是。疾得阿耨多羅三藐三菩提。
舎利弗が言った。
「どのような三昧を菩薩摩訶薩は行じ、すみやかに阿耨多羅三藐三菩提を得たことを自覚するのでしょうか」
須菩提言。
諸菩薩摩訶薩有三昧。名首楞嚴行是三昧令菩薩摩訶薩疾得阿耨多羅三藐三菩提。
須菩提が言った。
「諸々の菩薩摩訶薩のある三昧は首楞厳(シューランガマ、堅固)と名づけられており、この三昧を行ずる菩薩摩訶薩をしてすみやかに阿耨多羅三藐三菩提を得たことを自覚するでしょう。
有名寶印三昧。
師子遊戲三昧。妙月三昧。
月幢相三昧。出諸法印三昧。
觀頂三昧。畢法性三昧。
また、〈仏の〉宝印という三昧、
遊ぶ獅子〈のように自由自在〉という三昧、妙なる月という三昧、
月の幢(はた)の姿という三昧、諸々の仏の理法の印を出す三昧、
頂を観る三昧、事物の本性を出しつくす三昧昧、
畢幢相三昧。金剛三昧。
入法印三昧。
三昧王安立三昧。王印三昧。
放光三昧。力進三昧。
幢の姿を出し尽くす三昧、金剛という三昧、
仏の理法の印に入る三昧、
三昧の王が安らかに立つという三昧、王の印という三昧、
光を放つ三昧、力が進むという三昧、
出生三昧。必入辯才三昧。
入名字三昧。觀方三昧。
陀羅尼印三昧。不忘三昧。
攝諸法海印三昧。
遍覆
空三昧。金剛輪三昧。
出て生じる三昧、弁舌の才能に必ず入る三昧、
名称に入る三昧、進む方向を観る三昧、
陀羅尼の印という三昧、忘れないという三昧、
諸々の海のように広い理法の印を摂る三昧、
遍く虚空を覆うという三昧、金剛の輪という三昧、
寶斷三昧。能照耀三昧。
不求三昧。三昧無處住三昧。
無心三昧。淨燈三昧。
無邊明三昧。能作明三昧。
宝が断つという三昧、能く照り耀やく三昧、
求めない三昧、三昧の留まる処のない三昧、
心がないという三昧、浄い灯という三昧、
辺のない明りという三昧、能く明るくする三昧、
普遍明三昧。堅淨諸三昧。三昧(堅淨諸三昧三昧ならん) 普遍の明りという三昧、堅固に諸々を浄める三昧という三昧、
無垢明三昧。作樂三昧。
電光三昧。無盡三昧。
威コ三昧。離盡三昧。
垢ついていない明りという三昧、楽をなす三昧、
電光という三昧、尽きることのない三昧、
威徳という三昧、尽くすことを離れるという三昧、
不動三昧。莊嚴三昧。
日光三昧。月淨三昧。
淨明三昧。能作明三昧。
作行三昧。知相三昧。
動かないという三昧、荘厳という三昧、
日光という三昧、月が浄めるという三昧、
浄い明りという三昧、能く明るくするという三昧、
行をなすという三昧、姿かたちを知る三昧、
如金剛三昧。心住三昧。
遍照三昧。安立三昧。
寶頂三昧。妙法印三昧。
法等三昧。生喜三昧。
金剛のような三昧、心が留まるという三昧、
遍く照らす三昧、安らかに立つという三昧、
宝である頂という三昧、妙なる理法の印という三昧、
事物が等しいという三昧、生命の喜びという三昧、
到法頂三昧。能散三昧。
壞諸法處三昧。字等相三昧。
離字三昧。斷
三昧。
不壞三昧。無種相三昧。
理法の頂に到る三昧、能く散じるという三昧、
諸々の事物のある処を壊すという三昧、文字等の姿かたちという三昧、
文字を離れるという三昧、縁を断つ三昧、
壊れない三昧、種べつがない姿かたちという三昧、
無處行三昧。離闇三昧。
無去三昧。不動三昧。
三昧。集諸コ三昧。
住無心三昧。妙淨花三昧。
場所がない行という三昧、闇を離れる三昧、
去らない三昧、不動の三昧、
縁を度す三昧、諸々の徳を集める三昧、
心がないところに留まる三昧、妙なる浄い花という三昧、
覺意三昧。無量辯三昧。
無等等三昧。度諸法三昧。
分別諸法三昧。散疑三昧。
無住處三昧。一相三昧。
心を覚らせる三昧、無量の弁才という三昧、
等しいもののまったくない三昧、諸々の事物を度すという三昧、
諸々の事物を分別する三昧、疑いを散らす三昧、
留まるところのない三昧、一つの姿かたちという三昧、
生行三昧。一行三昧。
不一行三昧。妙行三昧。
達一切有底散三昧。
入言語三昧。
行を生ずる三昧、一つの行という三昧、
一つでない行という三昧、妙なる行という三昧、
一切の事物する底に達したものを散らす三昧、
言語に入るという三昧、
離音聲字語三昧。
然炬三昧。淨相三昧。
破相三昧。一切種妙足三昧。
不喜苦樂三昧。不盡行三昧。
音声と字語を離れる三昧、
燃えるかがり火という三昧、浄い姿かたちという三昧、
姿かたちを破る三昧、一切の種類の妙なる具足という三昧、
苦楽を喜ばない三昧、尽きることのない行という三昧、
多陀羅尼三昧。
取諸邪正相三昧。
滅憎愛三昧。逆順三昧。
淨光三昧。堅固三昧。
多くの陀羅尼という三昧、
諸々の邪正の姿かたちを取る三昧、
憎愛を滅する三昧、逆順という三昧、
浄い光という三昧、堅固という三昧、
滿月淨光三昧。大莊嚴三昧。
能照一切世三昧。等三昧。
無諍行三昧。無住處樂三昧。
如住定三昧。壞身三昧。
満月の浄い光という三昧、大荘厳という三昧、
能く一切の世を照らす三昧、等しい三昧、
諍いのない行という三昧、留まるところのない楽という三昧、
瞑想に留まるごとき三昧、身を壊す三昧、
壞語如空三昧。
離著如
空不染三昧。

虚空のような語を壊す三昧、
虚空のような染まらないことへの執着を離れる三昧
と名づけられるのもあります。

舍利弗。是菩薩摩訶薩行是諸三昧。疾得阿耨多羅三藐三菩提。 舎利弗、この菩薩摩訶薩はこの諸々の三昧を行じ、すみやかに阿耨多羅三藐三菩提を得たことを自覚するでしょう。
復有無量阿僧祇三昧門陀羅尼門。
菩薩摩訶薩學是三昧門陀羅尼門。疾得阿耨多羅三藐三菩提。
また無量阿僧祇(アサンキャー、数えられないほどの大数)の三昧門・陀羅尼門があります。
菩薩摩訶薩はこの三昧門・陀羅尼門を学び、すみやかに阿耨多羅三藐三菩提を得たことを自覚するでしょう」
慧命須菩提。隨佛心言。
當知諸菩薩摩訶薩行是三昧者。已為過去諸佛所授記。今現在十方諸佛亦授是菩薩記。
須菩提長老が仏の心に従っていった。
「まさに知るべきです、諸々の菩薩摩訶薩でこの三昧を行ずる者は、すでに過去の諸々の仏に授記されており、今現在も十方の諸仏がまたこの菩薩に記を授けています。
是菩薩不見是諸三昧。
亦不念是三昧。
亦不念我當入是三昧我今入是三昧我已入是三昧。
是菩薩摩訶薩都無分別念。
この菩薩はこの諸々の三昧を見ず、
またこの三昧を考えず、
また『私はまさにこの三昧に入ろう、私は今この三昧に入るのだ、私はすでにこの三昧に入っている』と考えません。
この菩薩摩訶薩はすべて〈自他を〉分別して考えないのです」
舍利弗問須菩提。
菩薩摩訶薩住是諸三昧已。從過去佛受記耶。
舎利弗が須菩提に質問した。
「菩薩摩訶薩はこの諸々の三昧に留まっていたから、過去の仏より記を授けられたのでしょうか」
須菩提報言。
不也舍利弗。
何以故。
般若波羅蜜不異諸三昧。諸三昧不異般若波羅蜜。
須菩提が答えた。
「そうではありません、舎利弗。
なぜでしょうか。
般若波羅蜜は諸々の三昧と異ならず、諸々の三昧は般若波羅蜜と異なりません。
菩薩不異般若波羅蜜及三昧。 般若波羅蜜及三昧不異菩薩。
般若波羅蜜即是三昧。三昧即是般若波羅蜜。
菩薩即是般若波羅蜜及三昧。般若波羅蜜及三昧即是菩薩。
菩薩は般若波羅蜜及び三昧と異ならず、般若波羅蜜及び三昧は菩薩と異ならず、
般若波羅蜜はそのままで三昧、三昧はそのままで般若波羅蜜、
菩薩はそのままで般若波羅蜜及び三昧、般若波羅蜜及び三昧はそのままで菩薩だからです」
舍利弗語須菩提。
若三昧不異菩薩。菩薩不異三昧。
三昧即是菩薩。菩薩即是三昧。
菩薩云何知一切諸法等(是ならん)三昧。
舎利弗が須菩提に質問した。
「もし三昧は菩薩と異ならず、菩薩は三昧と異ならず、
三昧はそのままで菩薩、菩薩はそのままで三昧であるというならば、
どういうわけで菩薩は一切の諸々の事物を、これが三昧であると知るのでしょうか」
須菩提言。
若菩薩入是三昧。是時不作是念。我以是法入是三昧。
以是因
故。舍利弗。是菩薩於諸三昧。不知不念
須菩提が言った。
「もしも菩薩がこの三昧に入ったときには『私はこの事物によってこの三昧に入ったのだ』とは思いません、。
こういうわけで、舎利弗、この菩薩は諸々の三昧を、知らず、思わないのです」
舍利弗言。
何以故。不知不念。
須菩提言。
諸三昧無所有故。是菩薩不知不念。
舎利弗が言った。
「どういうわけで、知らず、思わないのでしょうか」
須菩提が言った。
「諸々の三昧は有るということがないから、この菩薩は知らず、思わないのです」
爾時佛讚言。
善哉善哉。須菩提。如我
汝行無諍三昧第一。與此義相應。
そのとき仏が讃えて言った。
「よろしい、よろしい。須菩提、私はあなたに『無諍三昧を行ずることが第一である』と次のように説いたが、この意義と相応している。
菩薩摩訶薩應如是學般若波羅蜜禪那波羅蜜毘梨耶波羅蜜提波羅蜜尸羅波羅蜜檀那波羅蜜。
四念處乃至十八不共法亦應如是學。
菩薩摩訶薩は、まさにこのように般若波羅蜜・禅那(ディヤーナ:三昧)波羅蜜・毘梨耶(ヴィーリャ:精進)波羅蜜・(クシャーンティ:忍辱)波羅蜜・尸羅(シーラ:持戒)波羅蜜・檀那(ダーナ:布施)波羅蜜を学ぶべきである。
四つの観行から十八の〈仏以外には〉具わらない事物までもまたまさにこのように学ぶべきである」

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著作 アルキメデスの館