<<目次へ  <<戻る  訓読へ  次へ>>

 

摩訶般若波羅蜜経集散品第九

七、スブーティ、般若波羅蜜に実体はないことを説く

復次世尊。菩薩摩訶薩欲行般若波羅蜜。應如是思惟。
何者是般若波羅蜜。
何以故。名般若波羅蜜。
是誰般若波羅蜜。
また次に世尊。菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行じようと思うならば、まさに次のように思惟すべきです。
『何をもって、これこそ般若波羅蜜というのだろうか、
どういうわけで般若波羅蜜と名づけるのだろうか、
これは誰の般若波羅蜜なのだろうか』と。
若菩薩摩訶薩行般若波羅蜜如是念。
若法無所有不可得是般若波羅蜜。
もし菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行ずるときには次のように思うべきです。
『たとえば、事物としてあるということがなく、〈実体として〉認知できないのであるということが般若波羅蜜なのだ』と」
爾時舍利弗問須菩提。
何等法。無所有不可得。
すると舎利弗は、須菩提に質問した。
「どんな事物なのでしょうか、あるということがなく、〈実体として〉認知できないとは」
須菩提言。
般若波羅蜜是法無所有不可得。
禪那波羅蜜毘梨耶波羅蜜
提波羅蜜尸羅波羅蜜檀那波羅蜜。是法無所有不可得。
空故。
須菩提が言った。
「般若波羅蜜とは、こういう事物としてあるということがなく、〈実体として〉認知できないということなのです。
禅那波羅蜜・毘梨耶波羅蜜・
提波羅蜜・尸羅波羅蜜・檀那波羅蜜もこういう事物としてあるということがなく、〈実体として〉認知できないのです。
〈自らの〉内面は空ですから。
外空外空空空大空第一義空有爲空無爲空畢竟空無始空散空性空自相空諸法空不可得空無法空有法空無法有法空故。 外面は空、内面および外面は空、空は空、大きさは空、最重要意義は空、因縁によって生滅変化するものは空、恒常的なものは空、究極は空、始めがない空、分散は空、性質は空、自らの姿かたちは空、諸々の〈実体として〉認知されるものは空、〈実体として〉認知できない空、存在しないものは空、存在するものは空、存在せず存在するものは空ですから。
舍利弗。色法無所有不可得。受想行識法無所有不可得。 舎利弗。物質的な存在というものはあるということがなく、〈実体として〉認知できないのです。
感覚・知覚・意志・認知機能という事物もあるということがなく、〈実体として〉認知できないのです。
空法無所有不可得。
乃至無法有法空法。無所有不可得。
内面の空という事物はあるということがなく、〈実体として〉認知できないのです。
さらには存在せず存在する事物の空という事物までも、あるということがなく、〈実体として〉認知できないのです。
舍利弗。四念處法無所有不可得。
乃至十八不共法。無所有不可得。
舎利弗。四つの観行という事物はあるということがなく、〈実体として〉認知できないのです。
さらには十八の〈仏以外には〉具わらない事物までもあるということがなく、〈実体として〉認知できないのです。
舍利弗。諸神通法無所有不可得。
如如法無所有不可得。
法性法相法位法住實際法。無所有不可得。
舎利弗。諸々の神通という理法はあるということがなく、〈実体として〉認知できないのです。
あるがままの理法のようなものもあるということがなく、〈実体として〉認知できないのです。
固有の本性・理法の姿かたち・理法の位・理法の継続・実際の理法は、あるということがなく、〈実体として〉認知できないのです。
舍利弗。佛無所有不可得。
薩婆若法無所有不可得。
一切種智法無所有不可得。
空乃至無法有法空故。
舎利弗。仏はあるということがなく、〈実体として〉認知できないのです。
薩婆若という理法はあるということがなく、〈実体として〉認知できないのです。
現象の諸々の姿かたちの種別を見極める智慧という理法はあるということがなく、〈実体として〉認知できないのです。
内面は空、あるいは存在せず存在するものは空だからです。
舍利弗。若菩薩摩訶薩如是思惟如是觀時。
心不沒不悔不驚不畏不怖。
當知是菩薩不離般若波羅蜜行。
舎利弗。もし菩薩摩訶薩がこのように思惟し、このように観ずる時、
心が没せず、悔らず、驚かず、畏れず、怖かなければ、
まさにこの菩薩は般若波羅蜜行から離れていないと知るべきです」
舍利弗問須菩提。
何因
故。當知菩薩不離般若波羅蜜行。
舎利弗が、須菩提に質問した。
「どういう理由で、まさに菩薩は般若波羅蜜行から離れていないと知るのでしょうか」
須菩提言。
色離色性。
受想行識離識性。
六波羅蜜離六波羅蜜性。
乃至實際離實際性。
須菩提が言った。
「物質的存在は物質的存在の本性を離れ、
感覚・知覚・意志・認知機能は〈感覚・知覚・意志・〉認知機能の本性を離れ、
六つの波羅蜜は六つの波羅蜜の本性を離れ、
さらには実際は実際の本性を離れるのです」
舍利弗復問須菩提。
云何是色性。
云何是受想行識性。
云何乃至實際性。
舎利弗が、また須菩提に質問した。
「何をこれが物質的存在の本性といい、
何をこの感覚・知覚・意志・認知機能の本性といい、
さらには、何を実際までの本性というのでしょうか」
須菩提言。
無所有是色性。
無所有是受想行識性。
乃至無所有是實際性。
須菩提が言った。
「この物質的存在の本性があるということはなく、
この感覚・知覚・意志・認知機能性があるということはなく、
さらにはこの実際の本性があるということはないのです。
舍利弗。以是因故。當知色離色性。受想行識離識性。
乃至實際離實際性。
舎利弗。ですから、まさに物質的存在は物質的存在の本性を離れ、
感覚・知覚・意志・認知機能は〈感覚・知覚・意志・〉認知機能の本性を離れ、
さらには実際は実際の本性を離れるとわかります。
舍利弗。色亦離色相。
受想行識亦離識相。
乃至實際亦離實際相。
相亦離相。
性亦離性。
舎利弗。物質的存在はまた物質的存在の姿かたちを離れ、
感覚・知覚・意志・認知機能はまた〈感覚・知覚・意志・〉認知機能の姿かたちを離れ、
さらには実際はまた実際の姿かたちを離れ、
姿かたちはまた姿かたちを離れ、
本性はまた本性を離れるのです」
舍利弗問須菩提。
菩薩摩訶薩若如是學。得成就薩婆若耶。
舎利弗が、須菩提に質問した。
「菩薩摩訶薩がもしこのように学べば、薩婆若を成就できるのでしょうか」
須菩提言。
如是如是。舍利弗。若菩薩摩訶薩如是學得成就薩婆若。
何以故。
以諸法不生不成就故。
須菩提が言った。
「そのとおり、そのとおり。舎利弗。もし菩薩摩訶薩がこのように学べば、薩婆若を成就できるのです。
何故でしょうか。
諸々の事物は生ずることがなく、成就することがないからです」
舍利弗問須菩提。
何因
故諸法不生不成就。
舎利弗が、須菩提に質問した。
「どういうわけで諸々の事物は生ずることがなく、成就することがないのでしょうか」
須菩提言。
色色空。是色生成就不可得。
受想行識識空。是識生成就不可得。
乃至實際實際空。是實際生成就不可得。
須菩提が言った。
「物質的存在における物質的存在は空であり、この物質的存在が生じ成就するのは〈実体として〉認知することはできないのです。
感覚・知覚・意志・認知機能における〈感覚・知覚・意志・〉認知機能は空であり、この〈感覚・知覚・意志・〉認知機能が生じ成就するのは〈実体として〉認知することはできないのです。
さらには実際における実際は空であり、この実際が生じ成就するのは〈実体として〉認知することはできないのです。
舍利弗。菩薩摩訶薩如是學漸近薩婆若。漸得身清淨心清淨相清淨。 舎利弗。菩薩摩訶薩はこのように学べば薩婆若に少しずつ近づき、少しずつ、身が清浄であること・心が清浄であること・姿かたちが清浄であること(三清浄)を〈実体として〉認知します。
漸得身清淨心清淨相清淨故。
是菩薩不生染心不生瞋心不生癡心。不生
慢心不生慳貪心不生邪見心。
少しずつ、身が清浄であること・心が清浄であること・姿かたちが清浄であることを〈実体として〉認知するから、
この菩薩は〈煩悩に〉染まった心を生ぜず、いかりの心を生ぜず、おろかな心を生ぜず、驕る心を生ぜず、欲深い心を生ぜず、道理をないがしろにする心を生じないのです。
是菩薩不生染心。乃至不生邪見心故。
終不生母人腹中。常得化生。
從一佛國至一佛國。成就
生淨佛國土。
乃至阿耨多羅三藐三菩提。終不離諸佛。
この菩薩は〈煩悩に〉染まった心を生ぜず、あるいは道理をないがしろにする心を生じないから、
ついに母親の腹の中に生ぜず、常に〈胎生や卵生でなく〉生じるようになり、
ある仏のいる国から別の仏のいる国に至り、衆生を成就させ、仏の国土を浄め、
そして阿耨多羅三藐三菩提に到達するまで諸々の仏から離れないのです。
舍利弗。菩薩摩訶薩當作是行般若波羅蜜。當作是學般若波羅蜜

舎利弗。菩薩摩訶薩はまさにこの般若波羅蜜を修行し、まさにこの般若波羅蜜を学ぶべきなのです」

<<目次へ  <<戻る  訓読へ  次へ>>

 

 

 

 

 

著作 アルキメデスの館