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摩訶般若波羅蜜経集散品第九

三、スブーティ、意識を留めずに般若波羅蜜を行ずべしと説く

復次世尊。菩薩摩訶薩欲行般若波羅蜜。
また次に世尊。菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行じようと思うなら、
色中不應住。
受想行識中不應住。
物質的存在の中にまさに留まるべきではありません。
感覚・知覚・意志・認知機能の中にまさに留まるべきではありません。
眼耳鼻舌身意中不應住。
色聲香味觸法中不應住。
眼・耳・鼻・舌・身・心の中にまさに留まるべきではありません。
色・音・臭い・味・触・事物の中にまさに留まるべきではありません。
眼識乃至意識中不應住。
眼觸乃至意觸中不應住。
視覚から認知機能までの中にまさに留まるべきではありません。
眼と外界との接触から心と外界との接触までの中にまさに留まるべきではありません。
眼觸因生受。乃至意觸因生受中不應住。 眼と外界との接触により生じる判断から心と外界との接触により生じる判断までの中にまさに留まるべきではありません。
地種。水火風種空識種中不應住。
無明乃至老死中不應住。

地の種類、水・火・風の種類、空・意識の種類の中にまさに留まるべきではありません。
無明から老死までの中にまさに留まるべきではありません。

何以故。
世尊。色色相空。
受想行識識相空。
何故でしょうか。
世尊。物質的存在と物質的存在の姿かたちは空です、
感覚・知覚・意志・認知機能と〈感覚・知覚・意志・〉認知機能の姿かたちは空です。
世尊。色空不名爲色。
離空亦無色。
色即是空空即是色。
世尊。物質的存在は空であるから、そう名づけて物質的存在とするのではありません。
空を離れてまた物質的存在はありません。
物質的存在はそのままで空、空はそのままで物質的存在なのです。
受想行識。
識空不名爲識離空亦無識。
識即是空空即是識。
乃至老死老死相空。
感覚・知覚・意志・認知機能はどうでしょうか。
認知機能は空であるから、そう名づけて認知機能とするのではありません。
空を離れてまた認知機能はありません。
認知機能はそのままで空、空はそのままで認知機能なのです。
世尊。老死空不名老死。
離空亦無老死。
老死即是空。空即是老死。
あるいは老死と老死の姿かたちは空です。
世尊。老死は空であるから老死と名づけないのです。
空を離れてまた老死は無く、老死はそのままで空、空はそのままで老死なのです。
世尊。以是因故。菩薩摩訶薩欲行般若波羅蜜。
不應色中住。乃至老死中不應住。
世尊。ですから、菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行じようと思うならば、
物質的存在の中にまさに留まるべきでなく、あるいは老死の中にまさに留まるべきではないのです。

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著作 アルキメデスの館