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摩訶般若波羅蜜経勧学品第八

二、スブーティ、菩薩摩訶薩が法愛を生じて頂に堕落することを戒める

爾時慧命舍利弗問須菩提。
云何爲菩薩摩訶薩墮頂。
そのとき舎利弗長老が須菩提にたずねた。
「どういうことを菩薩摩訶薩が頂に堕落するというのでしょうか」
須菩提言舍利弗。
若菩薩摩訶薩不以方便
行六波羅蜜。
入空無相無作三昧。
不墮聲聞辟支佛地。
亦不入菩薩位。
是名菩薩摩訶薩法愛字生故墮頂。
須菩提が舎利弗(シャーリプトラ)に言った。
「若し菩薩摩訶薩が方便
(衆生引導の仮の手段)によらないで
六波羅蜜を行じ、
空・無相・無作
(三解脱門)という三昧に入り、
声聞・辟支仏の境地に堕ちず、
また菩薩の位に入らない。
これを菩薩摩訶薩が理法に対する愛を生じたことになるから頂に堕落すると名づけるのです」
舍利弗問須菩提。
云何名菩薩生。
舎利弗が須菩提にたずねた。
「菩薩が生ずるとは、どのようなことを言うのでしょうか」
須菩提答舍利弗言。
生名法愛。
須菩提が舎利弗に答えた。
「生ずるものを理法に対する愛と名づけるのです」
舍利弗言。
何等法愛。
舎利弗が言った。
「理法に対する愛とは何でしょうか」
須菩提言。
菩薩摩訶薩行般若波羅蜜。
色是空受念著。
受想行識是空受念著。
舍利弗。是名菩薩摩訶薩順道法愛生。
須菩提が言った。
「菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行じ、
物質的存在をこれは空だと思い込むようになり、
感覚・知覚・意志・意識をこれは空だと思い込むようになる。
舎利弗、これを菩薩摩訶薩が道に順じ理法に対する愛を生ずると言うのです。
復次舍利弗。菩薩摩訶薩色是無相受念著。
受想行識是無相受念著。
色是無作受念著。
受想行識是無作受念著。
また次に舎利弗、菩薩摩訶薩が物質的存在をこれは姿がないと思い込むようになり、
感覚・知覚・意志・意識をこれは姿がないと思い込むようになり、
物質的存在をこれは作為されたものではないと思い込むようになり、
感覚・知覚・意志・意識をこれは作為されたものではないと思い込むようになり、
(以上三解脱門)
色是寂滅受念著。
受想行識是寂滅受念著。
色是無常乃至識。
色是苦乃至識。
色是無我乃至識。受念著。
是爲菩薩順道法愛生。
物質的存在をこれは寂滅だと思い込むようになり、
感覚・知覚・意志・意識をこれは寂滅だと思い込むようになり、

物質的存在をこれは無常さらには意識を〈これは無常〉、
物質的存在をこれは苦さらには識を〈これは苦〉、
物質的存在をこれは無我さらには意識までを、〈これは無我〉だと思い込むようになります。
(以上四法印)
これを菩薩摩訶薩が道に順じ理法に対する愛を生ずると言うのです。
是苦應知。
集應斷。
盡應證。
道應修。
これは苦をまさに知るべき、
集をまさに断ずべき、
尽をまさに証すべき、
道をまさに修すべきです。
(以上四聖諦)
是垢法
是淨法。
(是ならん)應近
是不應近。
これは垢ついた存在です。
これは浄い存在です。
これはまさに近づくべきです。
これはまさに近づくべきではありません。
是菩薩所應行。
是非菩薩所應行。
是菩薩道
是非菩薩道。
是菩薩學
是非菩薩學。
これは菩薩のまさに行ずべきことです。
これは菩薩のまさに行ずべきことではありません。
これは菩薩の道です。
これは菩薩の道ではありません。
これは菩薩の学ぶことです。
これは菩薩の学ぶことではありません。
是菩薩檀那波羅蜜。乃至般若波羅蜜。
是非菩薩檀那波羅蜜。乃至般若波羅蜜。
これは菩薩の檀那波羅蜜から般若波羅蜜です。
これは菩薩の檀那波羅蜜から般若波羅蜜ではありません。
是菩薩方便
是非菩薩方便。
是菩薩熟
是非菩薩熟。
これは菩薩の方便です。
これは菩薩の方便ではありません。
これは菩薩の熟達です。
これは菩薩の熟達ではありません。

舍利弗。菩薩摩訶薩行般若波羅蜜。是諸法受念著。
是爲菩薩摩訶薩順道法愛生。

舎利弗、菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行じ、これらを理法だと思い込むようになります。
これを菩薩摩訶薩が道に順じて理法に対する愛を生ずると言うのです」

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著作 アルキメデスの館