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摩訶般若波羅蜜経往生品第四

六、菩薩摩訶薩の五眼による浄めを説く(二)


舍利弗白佛言。
世尊。云何菩薩摩訶薩法眼淨。
佛告舍利弗。
〈法眼による浄め〉
舎利弗が仏に申し上げた。
「世尊。菩薩摩訶薩の法眼による浄めとはどういうことをいうのでしょうか」
菩薩摩訶薩。以法眼知
是人隨信行。
是人隨法行。
是人無相行。
是人行空解
門。
是人行無相解
門。
是人行無作解
門得五根。
仏は舎利弗に次のように説いた。
「菩薩摩訶薩は、法眼によって
この人は随信を行じ、
この人は随法を行じ、
この人は無相を行じ、
この人は空解脱門を行じ、
この人は無相解脱門を行じ、
この人は無作解脱門を行ずるということを知り、〈覚りの元となる〉五能力(信根・精進根・念根・定根・慧根)を得る。
得五根故得無間三昧。
得無間三昧故得解
智。
得解
智故斷三結我見疑戒取。
是人名須陀洹。

五能力を得るから間断ない三昧を得、
間断ない三昧を得るから解脱による智を得、
解脱智を得るから三結、すなわち我見・疑・戒取を断ずるのである
この人を須陀
と名づける。
是人得思惟道。薄婬恚癡當得斯陀含。 この人は思惟の道を得て、婬・恚・痴をへらし、まさに斯陀含〈の境地〉を得、
攝i思惟道。斷婬恚癡得阿那含。 思惟の道を増進して、婬・恚・痴を断じ、阿那含〈の境地〉を得、
攝i思惟道。斷色染無色染無明慢掉得阿羅漢。 思惟道を増進し、色染・無色染・根源的な無知による心の揺れを断ち、阿羅漢〈の境地〉を得るのである。
是人行空無相無作解門得五根。
得五根故得無間三昧。
得無間三昧故得解
智。
得解
智故知所有集法皆是滅法。作辟支佛。
是爲菩薩摩訶薩法眼淨。

この人は空・無相・無作の〈三つの〉解脱門を行じ五能力を得、
五能力を得るから間断ない三昧を得、
間断ない三昧を得るから解脱による智を得、
解脱による智を得るからあらゆる集まった事物は皆、これこそ一切の苦しみを滅ぼす事物であると知り、辟支仏となるのである。
これこそを菩薩摩訶薩の法眼による浄めというのである。

復次舍利弗。
菩薩摩訶薩知是菩薩初發意。行檀那波羅蜜乃至行般若波羅蜜。
成就信根精進根善根純厚用方便力故。爲生受身。
若生
利大姓。
若生婆羅門大姓。
若生居士大家。
若生四天王天處。乃至他化自在天處。
また次に舎利弗、
菩薩摩訶薩は、この菩薩が初めて発意し、檀那波羅蜜を行じあるいは般若波羅蜜までを行じ、
信根・精進根・善根を成就し、純厚に方便力を使うことによって、衆生のために身を受け、
あるものは
利の家系に生まれ、
あるものは婆羅門の家系に生まれ、
あるものは在家信徒の大家に生まれ、
あるものは四天王天処あるいは他化自在天処までに生まれるのである。
是菩薩於其中住成就生。隨其所樂皆給施之。 この菩薩は、その中に留まり衆生を救い上げ、それぞれその楽しむ所に従って与え施す。
亦淨佛國土値遇諸佛。供養恭敬尊重讚歎。
乃至阿耨多羅三藐三菩提。
亦不墮聲聞辟支佛地。
是名菩薩摩訶薩法眼淨。
また仏のいる世界を浄め、諸々の仏に出会い、供養・恭敬・尊重・讚歎し、
そして阿耨多羅三藐三菩提に至り、
また声聞・辟支仏の境地に堕ちないのである。
これこそを菩薩摩訶薩の法眼による浄めと名づけるのである。
復次舍利弗。
菩薩摩訶薩。
知是菩薩於阿耨多羅三藐三菩提退。
知是菩薩於阿耨多羅三藐三菩提不退。
知是菩薩受阿耨多羅三藐三菩提記。
知是菩薩未受阿耨多羅三藐三菩提記。
また次に舎利弗、
菩薩摩訶薩は、この菩薩が阿耨多羅三藐三菩提から退くのを知り、
この菩薩が阿耨多羅三藐三菩提から退くことがないのを知る、
この菩薩が阿耨多羅三藐三菩提の〈境地を得るという〉記しを受けるのを知り、
この菩薩が未だ阿耨多羅三藐三菩提の〈境地を得るという〉記しを受けないのを知り、
知是菩薩到阿惟越致地。
知是菩薩未到阿惟越致地。
知是菩薩具足神通。
知是菩薩未具足神通。
知是菩薩以具足神通。飛到十方如恒河沙等世界。見諸佛供養恭敬尊重讚歎。
知是菩薩未得神通當得神通。
この菩薩が阿惟越致の境地に到っているのを知り、
この菩薩が未だ阿惟越致の境地に到っていないのを知り、
この菩薩が神通を具足しているのを知り、
この菩薩が未だ神通を具足あっていないのを知り、
この菩薩が神通を具足したことによって、十方のガンジス川の沙ほどもある世界に飛到し、諸々の仏に会い、供養・恭敬・尊重・讚歎するのを知り、
この菩薩未だ神通を得ていないということと、まさに神通を得るべきであるということを知る。
知是菩薩當淨佛土。不淨佛土。
是菩薩成就生未成就生。
是菩薩爲諸佛所稱譽所不稱譽。
是菩薩親近諸佛不親近諸佛。
是菩薩壽命有量壽命無量。
この菩薩がまさに仏土を浄め、仏土を浄めていないのを、
この菩薩が衆生を救い上げ、未だ衆生を救い上げていないのを、
この菩薩が諸々の仏の誉め称えること、誉め称えないことを、
この菩薩が諸々の仏と親密になり、諸々の仏と親密にならないことを、
この菩薩の寿命が有量であることと、寿命が無量であることと、
是菩薩得佛時。比丘有量比丘無量。
是菩薩得阿耨多羅三藐三菩提時。以菩薩爲僧。不以菩薩爲僧。
是菩薩當修苦行難行。不修苦行難行。
この菩薩が仏〈の境地〉を得る時、比丘衆が有量であることと、比丘衆が無量であることを、
この菩薩が阿耨多羅三藐三菩提〈の境地〉を得る時、菩薩によって教団をつくることと、菩薩によって教団をつくらないことを、
この菩薩がまさに苦行・難行を修めるべきことと、苦行・難行を修めるべきでないことを、
是菩薩一生補處。未一生補處。
是菩薩受最後身。未受最後身。
この菩薩が〈仏滅後を〉補う所にあると、未だ〈仏滅後を〉補う所にいないことを、
この菩薩が〈仏陀として生まれ変わる前の〉最後の身体を受けていると、未だ〈仏陀として生まれ変わる前の〉最後の身体を受けていないと、
是菩薩能坐道場。不能坐道場。
是菩薩有魔無魔。
この菩薩が道場に坐ることができることと、道場に坐ることができないことを、
この菩薩に〈仏道の修行を妨げる〉魔があることと、〈仏道の修行の妨げる〉魔がないことを知るのである。
如是舍利弗。是爲菩薩摩訶薩法眼淨。 このように舎利弗、これこそを菩薩摩訶薩の法眼による浄めと名づけるのである」

舍利弗白佛言。
世尊。云何菩薩摩訶薩佛眼淨。
〈仏眼による浄め〉
舎利弗が仏に申し上げた。
「世尊。菩薩摩訶薩の仏眼による浄めとはどういうことをいうのでしょうか」
佛告舍利弗。
有菩薩摩訶薩求佛道心。次第入如金剛三昧。得一切種智。
爾時成就十力四無所畏四無閡智十八不共法。大慈大悲。
仏は舎利弗に次のように説いた。
「ある菩薩摩訶薩は、仏道を求める心、次第に金剛のような三昧に入り、一切種智
(一切空なるがゆえに平等・無差別であることを知りながら現象の諸相の種別を見極める智慧)を得、
そして十力・四無所畏・四無閡智・十八の〈仏以外には〉具わらない事物・大慈大悲を成就させるのである。
是菩薩摩訶薩用一切種智。一切法中無法不見無法不聞。無法不知無法不識。
舍利弗。是爲菩薩摩訶薩。得阿耨多羅三藐三菩提時佛眼淨。

この菩薩摩訶薩は一切種智を用いるので、一切の事物の中に存在として見たことのないものはなく、存在として聞いたことのないものもなく、存在として知らないものもなく、存在として識らないものもないのである。
舎利弗、これこそを菩薩摩訶薩が阿耨多羅三藐三菩提を得たことを自覚する時の仏眼による浄めと名づけるのである。


如是舍利弗。菩薩摩訶薩欲得五眼。當學六波羅蜜。
何以故。

〈六波羅蜜〉
このように舎利弗、菩薩摩訶薩が五眼を得たいのならば、まさに六つの波羅蜜を学ぶべきである。
なぜであろうか。
舍利弗。是六波羅蜜中攝一切善法。若聲聞法辟支佛法菩薩法佛法。
舍利弗。若有實語能攝一切善法者。般若波羅蜜是。
舎利弗、この六波羅蜜の中には一切の善なる理法、あるいは声聞の理法・辟支仏の理法・菩薩の理法・仏の理法が合わせおさめられているのである。
舎利弗、もし、真実の語があり、一切の善なる理法を合わせおさめることができるとすれば、これこそ般若波羅蜜である。
舍利弗。般若波羅蜜能生五眼。菩薩學五眼者。得阿耨多羅三藐三菩提。

舎利弗、般若波羅蜜は五眼を生み、五眼を学ぶ菩薩は、阿耨多羅三藐三菩提を得たことを自覚するであろう。

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著作 アルキメデスの館