映画『U−571』の危険性

 

−2000年 9月17日(日)−

 久しぶりに息子と映画『U−571』を見てきた。

 内容は、ネタバレを避けて一口に言えば、第2次世界大戦中の大西洋上での、ドイツ潜水艦Uボートに積載された暗号解読器「エニグマ」争奪戦にリーダーシップ観(映画製作者の考える)を絡めた戦争活劇といったところ。
 ロシア潜水艦の事故の後だけに興行成績は相当なものかと思いきや、客入りはそれほどでもない。客種は若いカップル中心の傾向はどの映画も変わらないのかもしれない。
 演出や特殊効果など一流といえようが、このリーダーシップに関する表現にはかなり危険性がある。上官の艦長と古参の軍曹の2人によってリーダーシップ論が披瀝されるが、司馬遼太郎描くところの戦国武将と同じく、現代(未来)社会においてもこのリーダーシップが通用すると勘違いしてしまう人は多いような気がする。最近の若者は右傾化している、という論も散見されるため、なおさらである。
 これは、アメリカという国のエートスなのかもしれない。現に臨戦状態を保っているわけなのだから。大統領のリーダーシップなど、このように捉えているとすれば身震いしてしまう。
 20年ばかり前の、反戦なのか戦争美化なのかはっきりせず批判を呼んだ東映映画『二百三高地』における、第三軍の乃木希典と満州軍の児玉源太郎 とのリーダーシップの対比など、それなりに観客に判断の余地を与えていたような気がするが、『U−571』は断定的である。用心召されよ。

 ヤスパースのアフォリズムを読んで心を洗い清めよう。

 将来の戦争を確実と思い込む者は、まさしくこの確信ゆえに、戦争の発生に協力しているのである。平和を確実と思うものはのんきになり、図らずもわれわれを戦争に追いこんでいるのである。危険を熟視し、片時も忘れぬ者のみが理性的な態度をとり、可能なるものごとを行ない、かくして危険を払いのける。(『歴史の起源と目標』)

 

 

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著作 アルキメデスの館