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QAの根源と目標

(注)この一文は社団法人日本計装工業会会報『計装工事』(VOL.17,No.2,平成9年9月25日発行)に寄稿したものである。著作権に関する覚え書き等なかったのでここに再掲する。

はじめに

 ISO 9000シリーズは1994年に改定されましたが、その時点で、1987年以降発行された補助規格と合わせて、ISO 9000ファミリーと称するようになりました。これに合わせるように、巷ではISOフィーバーよろしく、次から次へと解説書や通俗本が出版されています。しかしながら「論語読みの論語知らず」とはよく言ったもので原典の意を読み取れず、認証取得にひたすら専念する者たちを誤解に陥れている書物が多いようです。
 実は、この1994年の改定には、その内容に(気づく人は少ないのですが)大きな思想的飛躍があるのです。すなわち、このISO改定はパラダイム変革の顕現といってもよいくらいの大事件なのです。そこで、改めて計装を生業とする諸兄の蒙を啓き、真の技術者として広く社会全体を制御対象として扱っていただくことを念じ、ここに拙い筆をとる次第です。

1.品質とは

 「品質とは何か」と問われて、明快に返答できる人は少ないと思います。日本では「品質」という言葉の歴史は、そう古くはないのですが、その意味は「物」に付随する名前、例えば「花」や「柳」などと異なって、この短い期間の歴史的な流れのなかから把握すべき概念なのです。
 今日、英和辞典を引きますと quality の訳語として必ず「品質」が見いだせます。しかし、昔の日本語には「品質」という言葉はなかったはずで、quality を初めて「品質」と訳した人が誰かは残念ながら不明ですが、漢字の造語機能を用いた名訳と申せましょう。しかしながら同時に、この一事によってわが国の品質保証パラダイムを他の先進諸国から遠く離れたものにしてしまったのも事実です。例えば「品質」という言葉の意味を問えば、多くの人々は「品物の質」といった類の答えを思い浮かべるでしょう。JIS 等の用語定義もこの域を出ず「製品またはプロセスの‥‥」という、あまりにも有名な常套語句で始まるのは周知のとおり。
 ところが、最初に quality を「品質」と訳した人の真意は、そうではありませんでした。つまり「品」とは、まだその時代では「所変われば品変わる」や「上品・下品」という使い方での「品」であり、人間で言えば後天的に獲得したものです。もう一方の「質」は言うまでもなく、同じく人間で言えば先天的なもので、性質とか資質とか言っているものです。これらを合わせて「品質」とし、quality の訳に当てたのは、けだし卓見と言わねばなりません。
 しかし残念なことに「世は唄に連れ」ではありませんが、現代では「品」という漢字の持つ概念は、製品とか品物などの意味に変わってしまったのです。つまり「品」の使い方が、いつの間にか「プレゼンスとしての品」から「プレゼンスを与える主体」の方に移ってしまったのです。余談ですが、わが日本で栄えている「QCサークル」という語が、どうもしっくり来ないのは、ここに原因があります。ここでのQは「品と質」、特に小集団を構成する人達の品と質のことなのだ、と解釈すれば非常に分かりやすくなるのです。構成員が自主的に、自分たちの品と質を管理して、小集団の仕事を改善していくサークル活動、と言うことなのです。
 さて、1994年改訂後のISO 9000ファミリーなどの規格を読むときは、quality をこの元来の意味での「品質」として解釈しなければなりません。1994年版の用語集ISO 8402には新たな定義が示されていますが、そこでは対象となる主体を「もの」と表現しています。もちろん欧米人にとっては「もの」は「物」ではなく(唯物論・唯心論という対語があることでもわかるように)「心」の対概念で、「心以外のすべて」という意味で、単なる「製品やサービス」だけを指すのではないことはもちろんです。ところがJISの翻訳規格(9900シリーズ)では従前どおり、いとも簡単に「品質」という言葉を使っているので注意が必要です。

2.品質保証の意義

 さて、次は「品質保証」という言葉を考えてみましょう。ISO 9000ファミリー改定前の「品質保証」は、ごく簡単にいえば「製品またはサービスの品質を(顧客に対し)保証すること」であり、どちらかというと企業の、近代資本主義的生産者としての、功利的なスタンスが何となく見え隠れする概念でした。穿った言い方をすれば、「品質保証をアピールすれば営業上のメリットがあるからやる」ということです。
 しかし1994年の改定により、大げさな言い方かもしれませんが、ISOは大いなる一歩を踏み出したのです。そこでは、品質保証はあらゆる産業に適用できるように、また保証する対象は顧客はもとより社内へ、さらには社会全体へと、考え方に大幅な拡張がなされています。これは、生産は成果を生み出すとともに弊害も同時に生み出しているのだ、という本質を世界的な視点から反省し、不断の努力をもって是正しながら生産活動を推進していく、という原理に基づいているのです。
 このことを説明するためには、まず「品質管理」について少し省察してみる必要があります。

3.品質管理について

 産業史において、近代はワット(James Watt,1736〜1819)の蒸気機関の発明に始まる、といっても異論はないと思います。これにより生産性が向上し、人々の新しい生活様式が始まり、近代資本主義が発展したのです。これを産業革命といい、この時代以後の思潮は技術分野だけでなく芸術や哲学などにも大きな影響を与えました。やがて産業革命はアメリカに渡り、エジソン(Thomas Alva Edison,1847〜1931)による電気の発明やフォード(Henry Ford,1863〜1947)による自動車の大量生産など、次々と新しい工業製品を生み出し、人間の生活を豊かなものにしてきました。余談ですが、フォードは屠殺場で牛の解体を分業でやっているのを見て自動車のオートメーションを思いついたのだそうです。
 20世紀になって、アメリカの軍需産業で、大量生産の歩留りを向上させ、軍の調達品の信頼性を向上させるための手法として品質管理 quality control が誕生し、工業革新を大きく推進し、さらにはに示すように、軍需産業ばかりでなく、取り分け原子力産業や、民間の一般産業の発展にも寄与してきました。この間、工業の発展とともに品質管理は、「完成品を検査する」という考え方から、「品質は工程で作り込む」という考え方に変化し、さらには「品質保証」の概念にまで成長してきました。
 反面、第1次世界大戦や第2次世界大戦などで使われた武器の殺傷能力は品質管理の発達とともに大きくなり、戦争の悲惨さをさらに大きなものにしてきました。この事態はさらに、米ソの冷戦構造のなかで、世界に極度の緊張をもたらしました。また戦争とは別の、私達にも身近な話題としては、環境破壊の問題などがあります。つまり、近代のもたらした生活の快適さが、その快適さに溺れて無節操となってしまった私達自身の首を絞める、という事態に陥ってしまったのです。これらは皆、品質管理の弊害といってもよいでしょう。普通の人は、無垢の感性で「品質管理」と聞くと「よい何か」を連想しますが、現実は反対の面のほうも負けずに多かったのです。つまり、この時代の「品質保証」の概念には製造者が購買者に対して製品の品質を保証する、という意味しかなかったのです。
 しかし、第2次世界大戦後のヨーロッパでは、いち早くこの矛盾の顕現に着目する人たちが現れ、活動し始めたのです。彼らは、人間に節度を取り戻させ、生産の工業化を制御しながら推進し、弊害の発生を抑制していくための精神原理を模索し始めました。この流れのなかの一つの解答が、ヨーロッパ・ユニオンによる1994年のISO 9000シリーズ改定なのです。

4.品質保証の根源

 では、このISOの改定のような思想的な変革は、かつて歴史上なかったのでしょうか。この問いに対し、ヤスパース(Karl Jaspers,1883〜1969)が非常に示唆に富む歴史観を述べていますので紹介しましょう。
 人類の誕生は数十万年前とも百万年前とも言われていますが、「歴史」という人間によって記録されたものが残っている有史時代の始まりは、高々BC5〜3千年前からでしかありません。人類が誕生して、歴史を持つまでを第1の段階とすると、この有史時代の初めを歴史の第2の段階と考えることができます。これはエジプト、メソポタミア、インド、それから少し後の中国で興った、いわゆる古代4大文明の時代が該当します。この時代は、狩猟採集文化から農耕牧畜文化へと生活様式が変わり、各地域に都市国家が発生してきた時代でもあります。その後BC1千年ころ、農業技術は急速な発展を遂げて生産性が向上し、人々の生活は豊かになってきました。豊かになれば欲が出る、というのは説明するまでもなく実感として理解することができます。
 人間が欲を知り社会が乱れてくるにつれ、奇しくもいくつかの地で同時に、しかも他地域との文化的交流もなしに、この状況を是正するかのように宗教者や哲学者たちが登場してきました。中国では孔子・老子を始め諸子百家といわれる思想家たち、インドではウパニシャッドの哲学者や釈迦を初めとする宗教者たち、ギリシャではホメロス、プラトンやアルキメデスを始めとする詩人や哲学者、またパレスチナではエリア、イザヤ、エレミヤから第2のイザヤへとつながる旧約聖書の預言者たちが登場してきます。
 これを普通の歴史家だと偶然の一致と解釈しますが、ヤスパースはその同時性に対し、人類の歴史の第3の段階として、この時代に積極的に意味を見いだすのです。この時代は紀元前5百年を中心に前後3百年ほどの幅を持った年代で、ヤスパースはこの時代を枢軸時代 Achsenzeit と名付けています。つまり、この時代を軸として、その後の世界史が展開している、すなわち文明の進歩に対し、これらの思想が精神原理となって常に軌道修正をしてきた、ということです。この哲学者たちが現れた地域としては、4大文明と一致するのは中国とインドだけで、エジプトなどでは文明は途絶えています。ヤスパースはここに重大な意味を見いだします。
 つまり、中国など歴史の第2の段階から文明の続いている地域には現代まで文明が継続しているのを見いだすことができますが、枢軸時代に精神的興隆を持たなかった地域では文明は途絶えてしまった、ということなのです。古代の農業技術の発展を(農業の)産業革命と解釈し、枢軸時代を、これに対応する精神原理が誕生し、闘争と破壊を克服した時代として考えることができます。

5.品質保証の目標

 ヤスパースの考える世界史の第4の段階は、中世の克服(ルネッサンス)の後、デカルト(Rene' Descartes,1596〜1650)らによって精神的に組織され、産業革命(生産の工業化)により急速に進展し始めた、現代にまで続いている科学的=技術的時代とされています。この産業革命による第4の段階は、生活を豊かにしながらも、人間の欲望を一層かき立ててきました。そして大きな戦争を経て、現代は環境問題など文明の弊害がクローズアップされる時代となっています。かつて農業の産業革命に対して枢軸時代があったように、工業の産業革命に対しても第2の枢軸時代が到来し、時代に見合った精神原理が確立しなければ、古代エジプトなどと同じく、現代の文明はいずれ衰退していくのではないか、というのがヤスパースの主張の概要です。
 ところで、品質保証 qulity assurance という用語が一般の用語として認知されたのは1970年代の始めです。その少し前の1969年にヤスパースが亡くなったことに思いをはせると、彼が枢軸時代を偶然の一致と考えなかったのと同様、ヤスパースの主張と用語「品質保証」の誕生という時期の一致を、単なる偶然として片づけるてしまうのには抵抗感があります。
 思えばアメリカで誕生し、軍需産業と原子力産業を支えてきた品質保証の概念がヨーロッパに渡ってISO 9000シリーズとなり、さらにヨーロッパ統一の機運のなかで発展してISO 9000ファミリーとなったということは、ヤスパースの期待した第2枢軸時代の嚆矢として位置づけられてもよいのではないでしょうか。ヤスパースは歴史の目標として世界の統一を見ていますが、この世界統一をどの次元で解釈するにせよ「品質保証」の考え方は推進原理として絶対に必要なのであります。
 もちろん「品質保証」という言葉の意味は変わっていくかもしれませんが、根源にある精神は皆さん技術者それぞれが理解している必要があるのです。(終わり)

 

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著作 アルキメデスの館