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『ドナウの旅人』と映画『駅馬車』

 このメモの主題が何なのかは説明するまでもないでしょう。『ドナウの旅人』映画『駅馬車』のあいだに見られるプロットの類似性、あるいはストーリーのトポロジカルな一致についての指摘です。相変わらずワンパターンだといい乍ら適当に流して下さい。

 

1.ジョン・フォード監督の『駅馬車』について

 Stagecoach; 1939, Dir. John Ford; with Claire Trevor, John Wayne, Andy Devine, John Carradine, Thomas Mitchell; from the story by Ernest Haycox, "Stage to Lordsburg"(『駅馬車』ハヤカワ文庫NV,1973) 〜小説の方は短編で、映画では登場人物の追加等かなり脚色している。なお、1966年(監督:ゴードン・ダグラス)と1986年(TV監督:テッド・ポスト)に2回リメークされており、この映画がいかに愛好されているかがわかる。

 

2.ジョン・フォード『駅馬車』と宮本輝『ドナウの旅人』の対比

ジョン・フォード『駅馬車』

宮本輝『ドナウの旅人』
トントからローズバーグへインディアンの平原を縦断する駅馬車に同乗する、酒場女 Dallas とお尋ね者 Ringo Kid 、夫のもとに赴く淑女 Lucy Mallory とひそかに思いを寄せる賭博師 Hatfield の2組の男女を含む、さまざまな過去や出身の、9名の乗客たちの意識や人間関係の旅のなかでの変化

2組の男女、家出した母絹子を追う麻沙子とドイツ人の恋人シギィ、絹子と17歳年下の愛人長瀬道雄が共にドナウ川を下る旅と4人の心の変化ないし成長
麻沙子とシギィとの再会、麻紗子の母と父との確執、長瀬の自殺願望、ペーター・マイヤーやウィーンの日本人留学生仲間たち等、様々な人々との出会い

現実にはローズバーグへの道筋でない、モニュメント・バレーを始めとする雄大な西部や、正義と悪の対立の象徴としての、白人とインディアンの対立 ドイツ、オーストリア(ウィーン)、ハンガリー(ブタペスト)、ユーゴスラビア(ベオグラード)等各地の風光と人間気質
駅馬車の5回の停車と移動の反復のなかでのストーリーの展開 都市から都市、国から国への移動ごとに展開する、やや好都合のストーリー
この映画の道徳観、すなわち道徳・富・成功等に対する考え方(金を横領して逐電する銀行家等) 自分を逃亡に追い込んだ金融界の暗部に対決する、不倫行する長瀬の決意
インディアンの追跡シーンの中でのプラトニックな横恋慕の清算としての Hatfield の死 長瀬との不倫関係の清算としての絹子の客死
Ringo KidPlummer 兄弟との、3対1の因縁の決闘 長瀬、麻沙子、シギィの3人と尾田敏との対決
西部劇の主人公の一典型としての Ringo Kid における、放浪と定住というアメリカン・ヒーローに内在する矛盾の解決 麻沙子の葛藤と、旅の終わりにおけるシギィとの結婚の決意

 

2.いつ宮本輝は『駅馬車』を観たのか

 宮本輝(本名正仁)は1947年3月6日神戸市生まれで、1940年の『駅馬車』日本初公開時はまだ生まれていない。リバイバル上映は1960年初頭で、当時テレビの普及によって空前の西部劇ブームが起きており、映画館では戦前からの名画が次々と再上映されていた。宮本輝は中学から高校に入ったころで、家族の状況は芳しくなくこのころから本を読み漁る習慣を身につけている。この時代に映画を見たかどうかは不明である。中学生のときに映画を見て精神面で何らかの影響を得たとしても、プロットの把握などは無理であるような気がする。しかし、次の1973年のリバイバル上映の前年1972年結婚、1974年に将来のあてもなく脱サラし、小説家になる決心をしている。この辺りで「駅馬車」を見ているのではないだろうか。また、自己の体験をすべて書いてしまった後、新たな作品のプロットを考えている時に想起されてもおかしくはない。

 

3.まとめにならないまとめ

 以上のメモの目的は作品論でも文芸批評でもなく、読書にはこういう楽しみ方もあるのでは、という一つの提案である。

 

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著作 アルキメデスの館